第201話『偶然』

 



 みすぼらしい路地の入り口前、ゼントとフォモス、二人の対比は光と闇のように対極。

 服装にしろ、髪色にしろ、日の当たり方にしろ。何もかもが以前と入れ替わっていた。

 たった数日で彼らをここまで別け隔てた一番の要因は、奇しくもユーラの有無といえるだろう。



「そういえばハイスはどこだ?」


「最近あまりにも調子が悪いんで、数日中は休みにしたんです。でもあいつは必要以上に真面目だから今日も鍛錬に宛てているんじゃないですかね……」


 乱暴にまとめてしまえば栄枯盛衰、あまりにも不憫に思えてゼントは何とか話題を変えようと努力した。無理に明るくしなくても、少しでも和ませたいと思って。

 しかし返って来る反応は芳しくなく、より深く影を落とすことになった。


 どこか遠くを見上げるフォモスの顔には募る空しさが蝕んでいる。乾いた瞳は虚ろと紙一重で、救いすら求めようとしない従順な子羊のよう。

 その様子を見て、ゼントは口を噤まざるを得ない。これ以上なんと言葉を掛けたらよいかわからなかった。

 自分にはこれ以上この場にいる必要がないのだと悟る。居ても居なくてもその辺の小石に同じ。


 暫しの気まずい沈黙が流れ、やがて耐え切れなくなってその場を去ろうとした。

 だがその後ろから、何かを思い至ったように呼び止められる。



「ゼント先輩、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


「何でも言ってみてくれ」


 突然出てくる改まった態度、元々彼は礼儀を弁えているがそれにしても丁寧な物腰。

 ゼントは間を開けず振り返り、二つ返事で了承する。頼られることが嬉しかったのと、自分でも役立てることがあるのなら喜んで協力したかったから。



「これは今やるべきことではないですが、どうしても言わせてください。一度だけでいいので、ユーラにこっそり会わせてくれませんか?」


 その短絡的な返答にフォモスは少しだけ口元を綻ばせ、弱々しくも語り掛ける。

 表情には覇気がなく、強まった語気でもなく。しかし固い意志を伴っているように見えた。

 当たり前だが突飛な投げかけだ。しかしやはり、少なからずユーラの存在が生きる糧になっていることは理解できる。



「でも……ユーラはお前たちの事はもう……」


「それでも構いません! 一目だけでもどうかお願いします!」


 喜んでというには受け入れがたい申し出に、流石に気後れする。

 だが向こうも諦める様子は見せず、むしろ飛びついて懇願してきた。


 正直、ユーラの事を第一に考えるというのならば難しいだろう。

 やっと彼女の精神も落ち着いて来たのに、何かを間違えれば失墜に等しい。


 だがパーティーとして、最も彼女と居た時間が長かったのは彼らだ。

 ここまでお願いされて、流石に問答無用で断るのは忍びない。



「……分かった。でも姿を見せたり目を合わせたりすると怖がるだろうから……」


「本当に遠くから見るだけです。決して会話をするような真似はしません。どちらにせよできないでしょうが……」


 卑下のような諦観のような、言語だけでは言い表せない凄惨な表情だった。

 ゼントとしてもそれは同じ。でもこればかりはどうしようもない。



「それでどうするんだ? 明日以降か、なんなら今からでも……」


 フォモスに都合を聞いて、ジュリには早いうちに察せられるだろうから事前に手を回しておいて……

 動きが決まったのならばなるべく早い方がいい。ゼントは視点を逸らし、あれこれ考え込みながら語り掛ける。


 ……しかし、しばらく待ってみても聞こえてくるはずの返答は一向に無い。

 何かと思ってフォモスを見ると、どうやら彼は目を見開き、呆然としながらも何かを注視していた。

 釣られて振り返ってみると、一風変わった少女がすぐに目に入る。



 かの者は指先で両目を隠し、しかも顔を伏した状態で大通りをゆっくりと歩いていた。

 当然、足元しか見えていないようで稀に道行く人にぶつかりそうになっている。


 室内着にも寝巻にも使える簡易な白装束を身に纏って、長い髪は朧気に揺蕩い光に消える。

 容姿も行動も完全に周囲からは浮いていた。現に通りをすれ違う人々からはじろじろと怪しそうに見つめられ、陰で耳打ちされている。



 フォモスが目を見張っていた理由はゼントもすぐに分かる。

 何より、その姿は今朝も家の中で見たことがあったから。


 考える前に足が動く。走るなどという並みではなく、雄風の如く顕現した化身が見えた。

 殺気にも似た気配を漂わせて近づくと咄嗟に少女の口を塞ぐ。傍から見れば人攫いでも彼の行動は正しい。

 声すら上げさせず否応なし、嵐のように路地裏へ連れ込む。誰の目にも止まらずに少女が居たはずの場所には無が滴る。



「ユーラ?! どうしてここにいるんだ……怪我とかしてないか!?」


 一呼吸を置いて辺りに人の目がないことを確認すると手を放して開幕早々に捲し立てた。

 心配事は山ほどあって、故に肝心のユーラを気遣う余裕はなく。



「お兄ちゃん!? え、平気だよ。ずっとしたをむいてればここら辺の化け物は怖くないってわかったし……」


 すると突然の出来事にもかかわらず、ユーラは随分と落ち着いた様子でゼントを見上げる。

 普通は何が起こって分からず慌てふためくかと思ったのに。それは同時に危機管理能力が甘いと言わざるを得ない。

 それにしても彼女が人間をどんな風に見ているのかは知らないが、そんな単純な克服方法があるのだろうか。


 脳内では、いつしかユーラが家から居なくなっていた日を思い起こしていた。

 あの日もこんな風に外へ出ていったのだろうか。いや、今回は意識がはっきりしているようだしそれはないか。


 彼女は今まで一度も町に来たがらなかったというのに、何故こんな時に限って……

 余程の理由があるに違いない。ともかく話を聞かない限りは何とも言いきれない状況だった。

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