吐露

 



 ――また明日がきちゃう。だれも頼んでないのに……



 孤独、ユーラは一人、家でゼントの帰りを待ちわびていた。

 いや、正確には一人ではない。彼女は蹲るジュリに寄り添って天井を無言で見つめる。


 二人きりの部屋の中には静寂が病魔の如く蔓延り、悪意を含んだ不安を必要以上に駆り立てた。

 時折裏の森から聞こえてくる鳥や虫の鳴き声すら、兄のいない彼女にとっては耳障りだ。


 閉じ込められた拷問の中、時の進みを知らせてくれるのは窓から差し込む陽光、その角度のみ。

 今日はいい天気のはずなのに、五感から得られるもの全てはいたずらに。

 彩のない無機質な部屋、壁も床も天井も灰色で温かみがなく、添えられた家具はどれも色味が一緒で退屈。



 ジュリのことは好きだった。それは今でも変わらず、もう家族同然に。

 人と全く同じかと問われればそうとも言い切れないが、互いに確固たる絆で結ばれていると確信できる。

 だからこそ、無理やり二人を引き離したことに心を痛めていた。自分の欲望を醜く曝け出したことに。


 でも大好きな兄が、すぐ隣で寝ているだけ居候に惹かれているのを知っている。

 彼女と一緒に寝た翌朝は、無意識だろうがいつも幸せそうな表情が現れていた。

 自分の時にそんな顔は一度も見たことが無いのに。あってもそれはきっと心の底からではない。


 ジュリが来てからというもの、特等席だったはずの場所が盗られた。でも本人が望んでいないこともなんとなく分かる。でもこのどうしようもない気持ちは処理しきれない。

 だから少なくとも色々悪化させないように二人を離した。兄がジュリに疑心暗鬼になっていることを利用して。


 ユーラは自分に自信がない。初めからそうだったが最近は違う意味で喪失している。

 捨てられるのかではといつも怯えていた。ジュリを撫でて、悦んでいる姿を見ると、自分は本当に役に立っているのかと疑問に思う。

 この間、改めて違うと否定はしてくれたが、やはりあの表情をみてしまったらなんともいえなくなった。





 ――あれからずっと微かに頭痛がする。厳密にいうなら、そう。自分自身に体を溶かされたあの日から。

 ずっと覚めない悪夢を毎夜みていた気がするけど、いままでこそがすべて悪夢なのではないかとおもうようになっている。



 きのうの夕方、お兄ちゃんと唇をあわせてみた。ねている間にこっそりと。

 ユーラのせいじゃない。ずっと我慢していたのに、なんだかジュリがお兄ちゃんとそうしているようにみえて、それでなにかがおかしくなった。

 隣で驚いた顔をするジュリが視界にはいったけど、あえてきにしない。そうなったら負けだとおもったから。


 ジュリは一体なにを考えていたのか、もしかしたら見間違いだったのかもしれない。

 でもあの時は、中からねじ切られるように心が痛んで、とにかく上塗りしなきゃって直感があって、何もかんがえずに、しかもみせつけるようにしちゃった。



 特にかわったことがあるわけじゃないけど、心のつっかえがいくらか取れた気がするの。

 前に愛しているって言ってくれたし、これくらいは許されるのかもしれない。

 でも何故か後からこみあげてくる後ろめたい気持ちの方が強くて、しばらく抜けだせそうにはなかった。


 ジュリには悪いことをしてしまったのかもしれない。別に嫌いなわけでもないのに。

 これはユーラ自身の問題でもある。冷静になって努々かんがえてみれば、結局自分にくるんだから。

 実際引き離した方がいいのは事実かもしれないけど、実際の場合は単に口実だった。


 お兄ちゃんの幸せを本当に願うなら、そう。自分と結ばれることを望むのではなく、相手の望むことを優先すべきなのに。

 無性にお兄ちゃんに逢いたくなった。帰ってくるまでまってられない、今すぐにでも。

 あって、謝らなくちゃいけないきがする。ユーラだけの都合で二人をあわせなくしたことに。



 気分転換だけって話だから早めに帰って来るんだろうけど……

 でもたまに早く帰って来るって言っても、遅くなることがあるからどうにも信用しきれない。

 やっぱり隠していることはいっぱいあるんだろうけど、きっとそれもユーラのせいなんだと思う。


 どうしよう……とりあえず協会にいくっていってたし、そこへむかおう。

 道は……なんとなくだけど覚えてる。どうしてだか分からないけど、ずっとこの道筋をいききした感覚がのこってる。

 前にお兄ちゃんがいってたようにずっと地面をみて耳を塞いでいれば怖くないはず。


 頭の中でまとまるとすぐに行動を起こさずにはいられない。

 ジュリがそれを見たけど、飛び掛かられる前に玄関から逃げるように飛び出す。彼女はすぐに後を追ってきたけど、怪物が見えてくる頃には後ろにいなかった。

 常に地面を見てるから速くは動けないけど、少しでも早くお兄ちゃんに逢いたい。




 ……そういえば、あの時からの異変は心情だけではない。例えば料理で食材を切っているとき、間違えて指を切ったことがあった。

 傷は大きく、大量に流れてくる鮮やかな血は脈動を表していて、なんだか生きている実感が持てる。

 ずっと止血せず眺めていたかったけど、ほんの少し流れただけすぐに止まってしまった。


 そんなすぐに止まるはずではないのに、出ていた体液を拭い取ると次の瞬間には切れ口すら跡形もなく消えている。

 ついで拭ったはずの赤い血液も蒸発したようになくなってしまった。


 あれは、いったいなんなんだったんだろう?

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