第200話『坦懐』

 



 ――セイラからは大量の銀貨が入った袋を渡された。


 盗賊討伐ともなればそれなりに入るものなのだが、内訳も事細かに教えられる。

 まずは盗賊が溜め込んだ盗品と、盗賊事態の売値の一部。

 協会としてはさっさと捌きたいので大抵が格安で市場に出回る。またそれを狙った卸業者も存在した。


 それと援助を受けずに遂行したこと。それに対し自警団から依頼料の上乗せもあった。何でも手が回ってなかったのに大助かりだったとか。

 ライラの判断はあながち間違いではなく。そして見た目は強面の彼らでも意外と義理堅いらしい。



 しかし大量の報酬を受け取れてもゼントの心中は穏やかではなかった。

 犯罪者から奴隷に転落した末路は概ね知っていたから。


 中でも扱いが面倒な彼らは、奴隷からの解放という餌をちらつかせて死と隣り合わせの作業を強いられるか。

 あるいは調教されて反抗する意思を砕き、最後は自分が誰だったかも忘れて惨めに朽ち果てていくか。

 洗脳された頭では自害などという単語すら浮かばず、使い捨ての駒としての役割が与えられる。


 生きていくためのやむを得ない犯行であればまだ恩赦が与えられたものを。

 しかし彼らに襲われた業者の死体はどうにも無残で、欲に塗れた犯行だと認定されたらしい。


 結末をある程度知っているからこそ、女盗賊を逃がしてやりたかった。それが例え余計なエゴだったとしても。

 逆に後に続く地獄を思えば、あの場で殺された方が良かったのかもしれない。どちらにせよ、やはり彼には一生葛藤が付きまとう。




「そういえば、あの新人の子にも渡そうとしたんだけど拒否されたわ。だからその袋には彼女の分も含まれているわ」


「はぁ?」


 セイラが続ける内容に驚き、ついゼントは口を悪くする。てっきりライラは生活が苦しくなって受けたのだとばかり思っていたから。

 報酬を受け取らないということはお金には困っていないということ。しかも放棄するくらいに。

 業物のような豪く切れる剣を放り投げるように渡してくるあたり、やはりどこかの富豪の娘なのか?



「何か受け取らない理由を言っていたか?」


「いいえ」



「……とりあえず俺が全額受け取っておく」


「ええ、そうしてもらえるとありがたいわ」


 ますますゼントの中の謎は深まるばかり。金に困っていないのならしばらく休ませてほしいくらいなのに。

 細く尽きないため息を吐き、それでも要件は終わったので協会を離れようとする。彼の後姿をセイラは静かに見送った。



 建物を出て天を見上げると、久しぶりに空は晴れ渡っていた。

 最近は良くても小雨続きで鉛色が続いているので、こんな日くらいは欠伸をしても許される。


 久しぶりに町の様子をじっくり観察しながら、貰った金を使って食料を買い込もうとした。

 懐が暖かいので少々羽振りも良くなれる。ユーラと……それとジュリにもいくらかましな馳走を振る舞えるというもの。

 食材を小さくして彼女にも食べやすいように加工しよう、と。


 こんなんで仲直りできるなどとは当然思っていない。虫がいいにも程がある。しかし話し出すきっかけくらいにはなるだろう。

 様子を見る限りかなり反省していると見て取れるのに、流石にこれ以上放置するわけにはいかない。

 立ちはだかる壁は依然としてあるのだが……


 それとライラへの贈り物も物色して検討を進めていかねば。

 当分は見つからない気しかしないが、方向性だけでも見極めたかった。



 天候の良さにしばらく不安の一切を忘れて歩いていく。

 全体的に町の建物の色は薄汚く、典型的な田舎町。しかし映えずとも様々な形態があり、通りに伸びた商いはどれも活気がある。

 久方ぶりに羽を伸ばしながら歩いていると、町の風景を流し目途中、ふと見覚えのある顔が視界の端に見えた。


 その者は、ゼントより少し小柄で金髪。大通りの隅に浮浪者のように座り込んで表情には影を落としている。

 ユーラと一緒にパーティーを組んでいたフォモスだった。いつも一緒のハイスは何処へ行ったのか。

 やつれた様子で端正な顔立ちも今は痕を残すばかり。孤独に塗れて佇む様子は少し前の誰かのようだ。




「ああ、先輩でしたか。はぁ……ひどい有様でしょう」


「フォモス……」


 思わず、見て見ぬふりはできず自然に足はフォモスの元へ吸い寄せられる。向こうは声をかられける前に接近者の存在に気が付き、顔を見るや自嘲するように言った。

 実に落ちぶれて、錦だった身なりも見えず。少し見ぬ間に何があったのか。

 名前をゆっくり呼ぶしかできないゼントに、彼は自ずと語りだした。



「分かってはいたはずなんですがねぇ。やっぱりユーラが居ないと我々は脆いようです。彼女は頭が冴え弓も達人の如く一級で、到底得難い人材だった。毎日、試行錯誤を繰り返すばかりでなかなか以前のようには依頼が受けられない」


 詰まる所、フォモスが項垂れていた理由はユーラが抜けてパーティーの体制が崩壊したからだ。

 ゼントはその内容に目を見開き驚く。冒険者としてのユーラがそこまで優秀だとは思いもよらなかったから。


 彼女の主力武器は短弓だ。そして後衛から戦場を見渡して、前衛二人に指示を出す指揮官の役割。

 それを失っただけでこうも簡単に瓦解するものか。よく考えてみればそれも当然のことだろう。

 でもきっと要因はそれだけではない。フォモスにとってのユーラは心の支えでもあったのだろう。


 現状を見るに復帰の希望は残されているが……




「もし依頼がこなせなくて困っているならカイロスに言えば……」


「声はかけてもらいましたが、これは自分たちの問題なので……」


 ゼントとしても何か助言を……とは思ったが全く言えることがないことに気が付く。

 そもそも自分程度の人間が今フォモスに言えることなどあるのだろうか。未だに慕われているのはおそらく先輩だからというだけのこと。


 やつれた顔を見る限り、かなりの苦労していたことが分かる。何度も方法試しても無駄だったと。

 つまり自分の教えられる情報は多分役に立たない。今更何を言おうが苦笑いで世辞を返されるだけ。

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