第193話『葛藤』
項垂れるだけのジュリ、彼女にはそれ以外にできる術はなく、受け身になるしかない、
しかしゼントにとってもそれは同じ。互いに何もできぬまま時間は過ぎて、より深く重く底へ引きずり込まれる。
情況は至って分かり易い。早い話がジュリを追い出すか、サラの願いを裏切ってこのまま目を瞑るか。
何も聞かなかったことにすれば今まで通りの生活が送れた。しかし恩人に対して背くことにはなる。
追い出すにしても決めた時点でジュリを見殺しにするのと同義。願いを叶えるという意味では万全にできるが……
「サラは……俺が思うに、多少感情的になることはあっても、適当なことをいう人間じゃない。何かしらの確証があって言っていることだと思うんだ……」
その言葉を聞いてジュリは凄む。良くも悪くも自身の評価を知れる機会など今まで無かったから。寛大な評価だと捉えることもできるが素直には喜べない。
それにしても、自身の思いやりと日頃の善行な行いが、まさかこんな形で利用され自分に返って来るとは思いもしなかっただろう。
「でも…………ジュリも、もしかしたら本当にサラを襲ったのかもしれないけど、少なくとも俺たちが何か危害を加えられたわけじゃない。初めに尋問したときも、嘘をつくような情況でもついているようにも見えなかった」
ゼントは真摯に自身の心境を曝け出す。返してくれる相手もいないのに、声が独り言のように出てくる。
心は同義と混沌の狭間で揺れていた。どちらを選ぶにしても心に大きな傷を発生させることになる。
「もうどっちを信じればいいのか分からないんだ……サラは初めからずっと俺の面倒を見てくれて、しばらく話さなかった時期もあるけど。それでもここ数日も本当に親身になってくれた人なんだ……」
ジュリはゼントにゆっくり近づいて、手を伸ばそうとしている。自身にもまだ希望は残されていると彼の張り詰めた表情を見て気づいたから。
縋るものもない彼女の口は、僅かに感嘆の息を漏らしつつ。
しかしゼントはその寄る辺ない体を軽く払いのけ、威圧するかのように睨み付け、語気を強める。
「そんな大事な人が最後のお願いだって、俺に託してくれたんだぞ!? 無下になんてできるわけがないだろ……」
一度感情を張り上げたかと思えば、すぐに己の醜さに気が付いて、力尽き意気消沈していた。
頭蓋の中では、思考も、感情も、想いも、全てが入り乱れて精神が壊れかけている。唯一頼みの良心でさえ、今は頼りになれない。
ユーラの前だというのに、みっともなく取り乱してしまう程度にはぐちゃぐちゃになっている。
サラへの、執着と言えるほどの想いがあるならさっさと殺すなり追い出すなりすればいいものを。
しかしそれが彼はできない。濡れ衣という可能性も十分にあるし、それ以外にも――
――ある意味ジュリには“家族”のような親愛が心に芽生えていたから。
だからこそ疑うようなことすらしたくはない。故にジュリの真意を白日のもとへ晒すべく、少々怪訝になりながらも問う。
「ジュリ、お前の目的は何なんだ?? 何故ここに居座るんだ?? 責めているわけでも出ていってほしいわけでもなく、ただ理由が知りたいんだ。そしてサラと何があったのかも……」
無理な願いだとは彼自身が一番よく分かっていた。できたのならずっと前にそうしている。
行き場のない怒りをできる限り持ち上げて伝えた。それは彼なりの不器用な気遣いでもある。
……しばらくして、ゼントは大きくため息を吐く。もう自分で決めることは無理だった。
だからこそ、突発的に聞こえてきた横からの声は、ある意味求めていた救いかもしれない。
「ねえ、ちょっといい?」
「ユーラ……どうしたんだ?」
「お兄ちゃんはね、多分ジュリを追いだしたりしないよ。どうしようもなく優しくておひとよしだってかんじがあるから。悩んでも悩まなくても、きっと同じようになるよ」
今まで気を使って静観していたにもかかわらず、突然話しかけてきた。
対話が始まる前に見た不満一色の表情はなく、むしろ満面の笑みだったと言えよう。
その意外な光景にゼントは呆気にとられていた。しかしユーラが主張した内容は真っ当だ。
「でも、それだとサラに申し訳も立てられないじゃないか……」
「サラって人がどれくらい大切なのかはそこまでわからないけど、どうせ町には戻らない。もう取返しがつかないのなら、これからのことをかんがえた方がいいきがするの」
ユーラの口から出てきたとは思えない建設的な提案。しかしそれだけでは示しがつかず、禍根を残すことになる。
しかしその後に続く言葉を聞いた瞬間、一定の思考から歪みが齎される。
「それにもしジュリが悪いことやったんだとしても、この様子を見ればとっても反省しているってわかるはずでしょ? 訳があったのかもしれないし」
そう諭されてゼントは、今初めてジュリを真面に視界に入れた。
するとどうだろう。今にも死に絶えそうなほど弱かった彼女の姿が見える。
実を言うと彼にはずっと色眼鏡が掛かっていた。鵜呑みにしまいとは思いつつも、サラからの言葉はほぼ真実だと受け止め、ジュリを仇敵だという決めつけがどうにもあったから。
まるでサラが亜人を憎んでいたように。
しかしその考えも揺らいだ。彼の意思は決して盤石なものではなく、周りに流れやすいのかもしれない。
どちらに心を寄せるべきなのか。過ぎ去ってしまったサラか、今目の前で裁きを受けようとしているジュリか。
明白なものに見えても尚、彼は決めきれない。頭は知恵熱により限界を迎えようとしていた。
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