第174話『終局』

 



 ――洞窟内でのライラの戦闘は非常に凄まじく、目を見張ることすらできない。



 洞窟内など狭い場所ではどう考えても長物が不利になる。大剣を大振りに取り回そうものなら、即刻壁や天井に当たり強烈な隙になるからだ。自身の身長よりも大きい物ともあれば抜剣すら難しい。

 対して盗賊共の主な武器は短剣が主。多勢に無勢という要素を加えれば結果は火を見るより明らかだった。


 ところが彼女の機敏さは全ての格差を無に帰す。やることは単純、敵に認識される前に高速で近づいて気絶させていくだけ。

 誰も逃がさないとばかりの勢い。懸念を残さず晴らしていく様は痛快ですらあった。

 中には男だけなく女の姿もあったがライラはお構いなしで、心が痛む場面もあるがそれでも。



 当初は、すぐ発見からの即刻仲間を呼ばれて包囲されるかと思っていたのだが結局、想定していた動きとは全く違う結果になった。

 それもこれも、彼女の戦闘力が規格外過ぎたから。流石に最後は騒ぎに気付かれたものの、何も問題はない。

 終始特に緊迫感もなく退屈ですらある。ゼントは通路の所々に横たわる盗賊共を遠い目で見るばかり。


 初めから強さを知っていれば要らぬ心配も真っ当な攻略もしなくてもよかったはず。今まで戦闘を直接見たことがなかったので致し方ないが。

 むしろ作戦など立てる意味があるのかすら怪しい。弱者の回りくどい知恵でも強者なら正面から叩き潰せる。



 もし彼が殺すなと命じなかったら、ここには血も涙もない光景が広がっていたことだろう。

 最大効率を求めるのか、執拗に殺して回るのか。どちらにせよ人の心は薄く残酷だ。


 しかし魔術具を携えての動きは、かつて見た恋人の姿と重なるものが多かった。

 例え戦う勇姿が網膜に映らなくとも、一緒に征野を駆けまわるだけで色褪せていた一片の記憶が鮮やかに蘇る。

 懐かしさと共に戻らない日々に涙が零れそうになった。




「――ゼント、全員意識を失わせておいたよ。これで終わりにしていい?」


 おそらく最上階。一番奥と思われる部屋を制圧し、彼女は岩山に入ってから初めて声を出す。

 しかしその表情に感情らしき影は見られず、疲労感でも倦怠でも愉悦ですらもない。

 あるのはとにかく無感情、まるで意図して貫き通しているかのように。



「まだだ。これから気絶している奴の手足を一人残らず拘束する。町に安全に護送するためにな」


 ゼントは出かかっていた涙を堪え、僅かに濡れた目元も手で拭って隠す。

 そして見返るライラの瞳を横目に協会で仕入れた縄を持ち出した。


 拠点に居た盗賊は合計二十二名、死者は最初の一人だけ。ライラはそれ以外の血を一滴も流していない。

 例え納得はしていなくても、ゼントの意図を汲んでくれたことには変わりないだろう。

 風向きが変わる兆しすら見せず、彼らは状況を呑み込めもせずに地面に伏した。



 ゼントは何も言わず、縄で一人一人の手足を結んでいく。

 その光景を見たライラが思わず声を上げた。



「ゼント、今日の仕事は全部私がやるって……」


「別に大した手間じゃないし、奴らが目を覚ましたら大変だ。二人でやった方が格段に早く終わるだろ」


 彼女の言葉を一蹴し作業を続ける。正しいと思ったことになら、当人に何と言われようが無視すればいい。

 それに一人でこの作業をやらせるのは忍びなかったし、早く帰りたかったことも事実。

 ライラはその後も一人でやると理由を吐いていたが、最終的に不貞腐れながらも縄を借りて作業を始めた……



 ◇◆◇◆




 ゼントたちは今までの道筋を後戻りしながら、最後の仕上げとばかりに気絶した敵を拘束していった。

 場所が広く作業量も多いので、二手に分かれて取り掛かる。


 先程まで周囲にあった喧噪は消え失せ、代わりに冷たい清風が頬を撫でていた。

 時折流れる風の唸る音が洞窟内へ響き渡り、それは耳を塞いでしまうほどの音量だ。

 辺りは不自然なほどに静まり返っていて、なんだか不気味さを感じる。


 ライラは“もう辺り一帯に人の気配はない”とはっきり断言していたが、まだ覚醒している敵がいるかもしれない。

 念のために気を引き締め、いつでも剣を抜けるように構えながら。そして幸か不幸か、ゼントの感じた予感は的中する。



 その出来事は、洞窟内での仕事を終える直前に起こった。

 あとは入り口の連中だけで、緊張の糸が若干緩んでいたのかもしれない。



 ――突然、ゼントは何者かに後ろから飛び掛かられ、体の正面に押し倒される。

 勢いで完全に脚が浮いてしまい、気づいた時にはどうすることもできない。


 何が起こったのか理解が遅れつつも条件反射で体を捻り、襲い掛かって来た者と対面した。

 己のものか相手のものか、荒い呼吸が耳に張り付く。直感で殺されると思った。

 近くにライラは居ない。生きたいなら助けを求めるのではなく自分の力で切り抜けなけなければならなかった。


 そう思っていたのだが……襲撃者はそのまま攻撃してくるのではなく激しく声を上げる。



「――お願いだ! 助けてくれ!!」


 見えたのは必死に訴えかける眼差し。服装を見る限り、それは先ほどライラに伸された盗賊の一人だった。

 頭をフードで覆っているが隙間から見えたのは短髪。男口調だが声は女のようで当然面識があるわけでもない。

 腕は縛られて身動きがとれていなかった。今すぐ危険が及ぶわけではなさそう。


 盗賊が最後の悪あがきをしに来たのかと思えば、どうやら様子がおかしい。あるいは命乞いでもしにきたか。

 ゼントは何が起こっているのか状況がまだ呑み込めず下手に抵抗もできない。

 ただただ女盗賊に馬乗りにされていた。

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