第169話『遊離』

 



 ――結局、ゼントはライラの案を了承した。


 彼女が言うのなら確かなのかもしれない。発言を鵜呑みにするのも如何なものかと感じるが。

 他の良案を瞬時に思いつけるわけでもないし、自信があるなら任せてみることにした。

 しかし自分の身は本来自分でなんとかするべき。だから彼女に護られなくてもある程度の事態は想定しておいた方がいいだろう。



 さて、馬車の中でできることは確認した。あとは実際に地形などを偵察して問題がなければ手筈通り攻め込める。

 夜中にこっそり拠点に侵入しても内側から強襲を掛けてもいい。だが、それだと多方面へ敵が散り散りになって敵が把握できなくなる。

 加えて夜まで待つ時間が勿体ないとライラに却下された。一応時間を掛けたくないというゼントの願いを聞き入れている形なのか。



「あと、そうだ。布か何かで顔を半分以上は隠しておけ。義はこちらにあるとは言え、俺たちはこれから恨まれることをやるのだから」


「後々の心配するくらいなら最初から皆殺しにすればいいのに」


 大儀そうに目線を下に向けため息をつく。若干呆れられているのかもしれない。

 しかし文句は言いつつも、どこからともなく大きな布を取り出し口と鼻を隠す。

 それを見てゼントも同じように隠す。二人は馬車の中で白昼堂々全身黒ずくめ、まるで暗殺者のよう。

 本当は二人分の布を持っていたのだが、ライラがなぜか用意していたのでそれは言わない。


 互いに見える部分は目元だけ。だからだろうか、片割れの白い肌と赤い目が余計に際立つ。

 周囲の雑多な貨物に紛れ、無機質だが宝石のように美しく輝く瞳、ふと視線が集中する。

 同時に赤と言えば、どうしても思い浮かんでしまう人物が一人。二度と会えない彼女のことを。



「――ゼント、なにか考え事してる?」


「ああ? 何故そう思う?」



「なんとなく、顔がいつにも増して下を向いているから。何か悩んでいるの?」


「ちょっと、とある人の事を考えていた。もう会えない人だから」


 突然話しかけられゼントは焦った。悠々を装っていても図星を突かれ仕草に出ている。

 不機嫌な顔をして意識を逸らすのが精々。しかしさすがに無理があった。


 ライラが構わず笑顔になるので手の平で踊らされている気分に陥る。

 このまま張り合っても癪に障るので、仕方なく落ち着いて理由を話す。



「それって以前私も会った赤髪の人間でしょ? もしかしてゼントの大切な人だったの?」


「……大切な人って言うと少し語弊があるが……まあ最後にもう一度だけ会いたいのは確かだ」


 ゼントは改めて考えてみて少し怖くなった。今は過去を懐かしむよりも思考を前に向けて進めていくべきなのに、いつまでも足踏みしていることを。

 同時にこそばゆく感じた。サラとは恋仲でもないのに、己が執着してしまっている事実に。

 恋人との想い出すら置き去りにして、自制心がなければ抑圧もできない。



「――じゃあ私がゼントと会わせてあげようか?」


 そんな中、唐突に何か思いついたかのように声を上げる。

 あまりに馬鹿げた内容で笑い返してやりたいくらいだ。



「お前がか? 流石に無理だろう。彼女が何処にいるかも分からないのに…………もしかしてできるのか?!」


 ゼントも始めの数舜は虚言と思って完全に呆れていた。だが彼女の表情を脳内で反芻する内、何かを思い出したかのように飛び起きる。

 そして凭れていた体を素早く起こし、荷馬車の中でライラに詰め寄った。


 その必死に健気で、みっともなく哀れな姿。対し彼女は優しく包み込むような眼差しを向ける。

 縋ってくる存在を見て高揚感を得ているのかもしれない。まるで思惑通りだとばかりに。



「もしゼントが本当に望むのなら、私は何でもできるよ。それこそなんでも……」


「だったら頼む、この通りだ!!」


 ゼントは態度を改め、床に額を付けるまで深く頭を下げる。

 なりふり構う余裕などない。元々力の差は歴然としていた。

 それをライラは分かりやすく口角を持ち上げ、ご機嫌な様子で快く引き受ける。



「分かった、いいよ」


「ちなみに、時間はどれくらい掛かる?」


 頼み込んでおいてなんだが、気持ちが急いでしまい聞かずにはいられなかった。

 だがまたして驚愕の回答が得られる。どんなに早くても半年くらいはかかると思っておたのに。



「じゃあ、明日の夕方にでも」


「そんなに早く!?一体どうやって?」



「それは秘密。でも私を信じてくれれば必ずやってあげるよ」


「ああもちろん!!信じるから!」


 ライラは今までに見せたことがない妖艶でおどけた笑みを見せた。

 まるで思い通りに相手を操れて上機嫌になっているかのよう。

 口の隙間からは白い歯が見え、それはまるで誘い込まれるような浮遊感すら覚える。


 対照的にゼントは我を忘れ取り乱す。それも当然、サラとは別れの挨拶すらできていないのだから。

 手紙で一言だけでも言葉を交わせれば十分なのに、面を向って会えるなんてこれ以上のことはない。

 向こうの都合など気にする余裕もなく、願ってもない機会に飛びつくこと他なかった。



 本当にどうやってサラを見つけ出すつもりなのだろうか。

 どう考えても一人で、それも一日で探せるはずがないのに。

 何か知りえない画期的な方法があるのか。例えば知り合いの伝手とか。


 いや、ライラが他人と自分から話している姿はほとんど見たことがない。会話が苦手というわけでもなさそうだが。

 思えば彼女のことを何も知らない。出身や町のどこに住んでいるかすらも。



 いや、どうせ聞いてもはぐらかされるのだ。

 これだけ一緒に居ても彼女のことを知るどころか、むしろ謎が深まるばかり。

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