第168話『弄策』

 



 ――ゼントとライラはまた二人、依頼の目的の場所に向かっていた。

 そこそこの距離があるので、近くまで隣町へ行く荷馬車に金を払って同乗させてもらう。


 件の盗賊団は町を繋ぐ街道からかなり外れた森の中の岩山に拠点を構えていた。

 そこは自然に出来上がった空洞が蟻の巣のように張り巡っており、その中に二十人が生活している。

 また岩山の洞窟内は要塞化されており、守りはかなり固い。少数精鋭でも攻め込むのは通常厳しいとのこと。


 これらは先遣調査隊からの報告だ。聞けたところで実質一人だけでは無謀としか思えない。

 窮屈な荷馬車、加えて舗装されてない道のため、時折車輪が小石を踏んで大きく揺れる。

 その幌の中で壁を背に向かい合い、振動を煩わしく思いながらも依頼について話し合っていた。



「――ところで一人で戦うのはいいとして、何かしら策はあるのか?」


「え、全員殺せばいいんじゃないの?」



「いやそうじゃなくて……相手は大人数、それに今回は敵を誰一人逃すわけにはいかない。捕まえ損ねると逃げた先でまた悪さするかもしれないからな」


「だから、全員殺ればいいんじゃないの?」


 二度の問いかけに対し、きょとんとした顔を返される。しかも物騒な内容を吐く。

 ゼントは末恐ろしいものでも見たように身震いした。顔面蒼白で更に問いかける。



「お前……まさか、何も考えてないのか?」


「ゼント、じゃあどうしたらいい? この場合、どういう理屈で考えたらいいのか分からない。言ってくれればその通りにしてあげるから」


 案の定、ライラはこれといった作戦を考えてすらいなかった。

 彼の言う通り誰か一人でも逃せば禍根となり、そして次の火種へ変貌する。

 だからこそ大人数で囲い込んで追いつめる必要があったのだが、彼女は断ってしまっていた。

 いやはやと呆れつつも、仕方なく思いついた通りに口に出してみる。



「そうだな、ならまず……向かってきた奴を見せしめとして数人殺せ、なるべく残忍かつ本人に痛みは与えずに。それで戦意喪失した奴は捕縛、逃げる奴は気絶させて拘束するんだ、あとは……」


 こんな時、恋人が居てくれれば必ず良い案を時を待たずに出してくれる。だが、今は己と目の前の頭脳に関しては世辞すら言えない少女しかいない。

 だからゼント自身でどうにかするしかなかった。少なからずライラからは提案を期待されているのだから。

 しかしこの提案が関の山だ。本当は一週間くらいかけて周囲の地形把握や念入りな作戦立案をしたいくらいなのに。



「自警団の人間からは、できるなら皆殺しでもいいって聞いたんだけど……でもゼントがそういうなら分かった。これで何も問題は無いよ」


 ゼントの発言には何気なく人を殺すことが盛り込まれていた。しかもライラだけにやらせようとしている。

 自分の手を汚したくないわけではない。ただ、どんなに悪人相手でも自分の手で人の生涯に休止符を打つ行為に肯定できなかった。


 この世界では毎日どれほどの人間が死んでいるか分からない。死因は人の手や餓え、病などいくらでもある。

 全ての者を救いたいなど偽善者になるつもりはない。しかし自分の手に掛かって目の前で死んでいくのは迎える意識がまるで違う。

 それこそ絶対に殺す必要がある場面だとしても、相手に命乞いでもされたら同情で大きく躊躇してしまう。


 だから下手に躊躇って役立たずになるくらいならこれでいい。加えて今回は元々ライラが自分だけでやると言い切り、たった今にも了承したのだ。

 故に自分は指示だけを出し、でも自責の念を含めて遠くから見守るだけに留まろうと考えた。


 相手は既に何人か殺しているならず者たち。ならば自分が殺される危険も承知しているはずだ。

 だから本来はライラが言った通り全員生かす必要もないくらい。だが殺しは最小限に留める。

 本当は向こうが初めから降伏してくれればありがたい。でも誰も血を流さないなんて、それこそ夢物語だ。



 だが、まだ作戦というには稚拙にも程がある。これだけでは誰一人逃さないという要綱を守れていない。

 包囲できない以上、こちらが二人だけだと油断して向かってくるに期待する他なかった。

 でもその当ても外れて途中から逃げだしたら? やはりこの人数では無理だ。


 それなのにライラは今何も問題ないと言った。初めからかなりの自信を蓄えている様子だった。

 実力に関しては認めざるを得ないが、しくじったら終わりだということを本当に理解しているのかは疑問だ。



「二十人、あるいはそれ以上いるんだぞ。俺たちだけだと何人かに確実に逃げられる」


「そこは何とかするから、まあ見ててよ」


 余裕綽々で見えるのはあたたかい笑みだけ。策があるならいいが実は考えなしで失敗した時が怖い。

 確かに依頼書には曖昧な記載しかなく細かく確認もされないが、人の命がかかっているのなら責任も重く圧し掛かる。



「まあ把握した。とりあえず俺は外の森に潜伏しておく。最悪逃げる奴が居たら俺が……」


「――それはダメ、傍に居てほしい。離れると危険、近くにいた方が絶対安全だから」


 ゼントの発言に被せるように強い語気で言葉が返ってきた。

 すぐ正面を見るとライラが眉を顰め、近く見つめられる。



「大丈夫、私を信じて。ゼントのことも必ず護って見せるから」


 不審な目を返すと彼女は自信に満ちた態度を持ち、そう言葉を続ける。

 それは奇しくも、かつて恋人がゼントに向かって言ったものと一言一句同じだった。

 彼の脳裏には亜人の森の遺跡が薄っすらと浮かび上がる。

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