第167話『為念』
「――言って、おくが、この魔術具は貸すだけだからな。使い終わったら、俺のところまで必ず、返却しに来い。あとは、何があろうと壊すなよ……!!」
家の前では、ゼントが氷で出来たような見た目の大剣を外へ運ぶ姿が見られた。
息を切らしながら背中で担ぐ。でも下手をすれば腰が砕けそうだ。
この魔術具は全てが鉛で出来ているかのように重い。こんなものを何故軽快に振り回せるのか疑問だ。
ライラは部屋の中に絶対踏み込ませない。本人へも入るなと釘を刺しておいた。
理由はジュリが極限に至るまで怯えるから。どんなに言い聞かせても変化がないので、きっと本能で強者と分かるのだろうとゼントは思う。
一人だけで中に入った時、案の定ユーラと体を寄せ合っている彼女が居た。
今回に関してはライラの接近に気づいていたらしく部屋の隅で身構えている。
事の経緯を話し、同時に頭を撫でて宥める。そしてすぐに目的の物の元へ駆け寄った。
部屋の奥に保管されている大剣をその身一つで運び出さなければない。
実際背負ってやっと運べるほどだ。高々数歩の距離だというのに動悸が激しく体を襲う。
でも二人の前ではなるべく平然を装うようにしていた。ジュリには全て筒抜けだったが。
そうして、ようやく魔術具を玄関の外まで運び出す。
思ったよりも長い時間がかかった気がした。
「大丈夫だよ。これはそう簡単に壊れないでしょ?」
「いいから、丁寧に扱えと言っているんだ!」
まるで知ったような口を利く。ゼントは出発前に疲れて、つい語気を強める。
魔術具を使わせることは容認したものの、やはり心のどこかでは受け入れられなかった。
だから余計に悠然と振舞うライラに当たってしまう。その度貸すことによる利点だけを思い出し、何とか心を落ち着かせた。
彼女はゼントから大剣を受け取ると軽々しく持ち上げ、そしてどこからか取り出した細い紐で縛って背中へ斜めに帯剣する。
準備は整った。いざ出発……といいたいところだが、相変わらずゼントの呼吸は整っていない。それを見たライラが――
「――私が運んであげようか? この前みたいに」
「結構だ。目的の場所にひとっ飛びでもできない限りはな」
ライラのいう“この前”とは竜の調査依頼にて赤い悪魔に遭遇した時の事だろう。
所謂お姫様抱っこ、もしそんな姿を町中で見られたら子供のようだと嘲笑われるに決まっている。
そんな思いは御免だ。ただでさえ町の住人からは寒い目で見られているというのに。
「私、ゼントの為なら空でも飛べるよ?」
「そんな冗談言う余裕あるならさっさと行くぞ!」
苛立ちをどうにも隠せず、多少の無理をして歩き出す。
珍しく彼女の方から明るく話しかけてきたにもかかわらず。
ゼントが力を籠めて歩き出すその後ろ。
ライラが小さな笑みを付けながら密かに呟く。
「――別に冗談でもないんだけどな……」
◇◆◇◆
ゼントとライラ、二人は冒険者協会へ向かっていた。というのもやりたいことがあったから。
今回は時間が掛かる依頼、普通にやっても一日で終わるかどうか……可能な限り急いだほうがいいだろう。
相手は大人数、本来であれば大人数で二日三日という時間を使って殲滅するのだが。
しかし、ライラが言うには半刻もあれば片付くとのこと。二十人相手にそれはないと思いつつ。
でも向こうの目を見て信じてみることにした。彼女が見栄なんていう余計な嘘をつくとも思えなかったから。
少し時間を潰して協会の業務が始まるのを待ち、扉が開かれると同時に中に入った。ライラも後ろから付いてくる。
そしていつも待機していて頼りにもなるあの男を探す。
いつものようにゼントの姿を見るや否や、覇気を持って接してきた。
「おう、ゼントか。しばらく見なかったが、今日は何か用があるのか?あ、いや、悪いがサラの捜索の進展は……」
「カイロス、まあ今日はそのことで話があってきたんだ」
ゼントはサラの捜索依頼の中止を要請した。とりあえずは生きていると知れたので必要ないと思った。
でもジュリの存在は流石にカイロスにも打ち明けない。彼女が嫌がったから。
なぜかとカイロスに尋ねられたが、とりあえず今日の依頼から帰ったら説明すると言っておいた。
次いで町に出た魔獣の捜索についても尋ねた。聞く限り一応ゼントの家に隠れていたところまでは報告されているようだ。
しかしそれ以降の足取りが一切つかめていないとのこと。町での目撃や被害が出てないことや見つけた足跡などから、外に逃げたのではないかと言われ始めている。
捜索の規模はかなり縮小しているらしい。どうやら町の雰囲気もだいぶ落ち着いた様子。
最後に、今回の依頼の補助を要請する。盗賊二十人とやりあった後、罪人の護送や現場の後処理を代行してもらうのだ。
制圧にどれほどの時間が掛かるかも分からないので、時間を置いて来るらしい。
これも協会の仕事の一つ。追加料金などは特になし。
「――あとセイラ、頼みがあるんだが……」
一先ず聞きたいことは済んだ。あとやりたいことはもう一つ。
カイロスの隣にいるセイラに声をかける。事もなげな様子でありながらも、しかしずっとこちらを注視していた。
ゼントが視線を向けるや否や、彼女は明け透けて笑顔を返してくる。
「――何かしら?」
「治療薬を二個ほど売ってほしい。それと弾性包帯と長めの縄も」
求めたのは医療品、これからのことを考えれば必然。何も使うのは自分とも限らない。
依頼先で重傷を負った時、その場で応急処置をできるかどうかで生死が決まることもある。
治療薬と聞くと傷を治せる万能薬と誤解されるが、要は薬草を煎じて瓶に詰めただけの物だ。
しかし効果はそこそこでも持っているに越したことはない。
実際飲むだけで怪我が瞬時に修復される薬も王都にはあると聞くが。
「ゼント、私そんなの要らない。怪我するなんてないから」
「うるさい。今日じゃなくてもこれから必要になるかもしれないだろ」
不満げな顔の彼女を無視し、ゼントはセイラへ代金を渡し品物を受け取る。
その様子は仕事仲間として仲が良いのか悪いのか……
ライラが反抗期の子どもみたいなのか、はたまたゼントが大人げないのか。
一方、セイラはライラの様子を流し目ながら注意深く観察している。
ゼントには目もくれず、顔や裾から僅かに露出している肌や仕草など、事細かに目を光らせていた。
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