~反応~

 


 ――眩しい光に意識が攫われて、私は目を覚ます。



 ……あれからどうなった?私は……生きているのか?

 でもここは死後の世界ではない。頭の中は疑問でいっぱいになった。


 あいつは私の正体を知っている。この姿にした張本人なんだから。

 拷問した後に私をゼントから遠ざけようとしたのなら、昨夜また彼に近づいた私を見逃がしてくれるはずがない。

 ならどうしてまだ生きているのだ……?


 褪めない悪夢にうなされながら、ふと両目の焦点を合わせるとゼントの顔が真正面に見える。

 そういえば、ここはどこ?……いや忘れるわけがない、彼の家だ。昨夜から意識を失って抱き着いたままだったらしい。

 きっと、どうにかしてあの化け物から守ってくれたに違いない。でもなければ既に死んでいるはず。



 でもそうしたら、すぐまた私を消しに来るかもしれない。一瞬たりとも油断はできなかった。

 だから私が生き抜くために取る行動は、どんな手段をもってもゼントの傍に居る事。

 ここに居れば一先ずは安全だと証明された。少なくとも外よりはましだ。


 念のためゼントの顔色を窺う。でも抱き着いていても嫌な顔一つしなかった。

 これは本心。自信を持ってそう言える。やっぱり感覚が鈍ったわけではなかった。



 その後のユーラの問答に答えながら、ここへ残りたいことを伝える。

 回答を重ねて何とかこちらの意思を分かってもらえたようだ。


 そして……、一通り終わると突然ゼントから深く抱きしめられる。

 一瞬何事かと心底焦った。こんな朝一番から、あからさまで積極的な行動

 更には首筋に顔を押し付けてくる。初めてのことでひどく混乱。


 途端に心臓と呼吸が弾けそうなほど早くなる。我ながら何を期待しているんだか……

 今気づいたのだが、この身体の首元にたてがみと言える部分がある。

 これの役割はよくわからない。が、とにかく他よりも毛に長さがあるのだ。



 ゼントは私の身体を撫でる時、僅かながらに幸せそうな顔をする。

 それは図らずも、私の毛並みの触り心地がいいからだろう。


 身体を撫でまわされるのは、人間であった私に言わせれば正直気持ちいいものではない。

 でも彼の心中が少しでも穏やかになるなら、私の存在に少しでも価値があると言ってくれるなら、それでよかった。


 それだけなら、まだよかったのに……



 “――獣臭がする”


 またあの言葉が私の心を引き裂く。一番の要因はゼントに言われたから……ではない。

 かつて……いや少し前にも、私はこの文言で亜人たちを小馬鹿にしていた。

 それが今、自身に向かって跳ね返ってきた事実が受け止められないでいる。


 これからも私は生き恥を晒しながら生きていくと思うと……心が耐えられそうにない。

 加えて、このままではゼントの傍に居られない。なぜなら臭いが不快であることには違いないから。

 発言に悪意がないことは分かってたけど、居ても立っても居られなくなった。



 自身の安全など顧みる余裕もなくゼントを振り払う。半狂乱と言ってもいい。

 向かった先は、森の中にある近くの池。ここへ出入りする際に何度も目にしたから知っていた。


 到着するや否や、何も考えず水に飛び込んだ。もはや体を凍えさせる冷たさも、指の切断面に走る痛みも、あいつに襲われる恐怖も、今だけはまるで感じない。

 正確には必死に意識しないようにしていた、というべきか。

 池の中、ただただ必死に体同士を擦り合わせ、洗い落とそうと過剰なほど努力する。こびりついた臭いはそう簡単に取れないと思ったから。


 すぐにゼントが後からやってくる。わざわざ私を止めるためだろう。

 認識はしていても私は動きを止めない。今回は理性が暴走していて自分の意思では歯止めが効かなかった。


 何かこちらに声をかけてもらっているがよく聞き取れない。

 そのうちゼントは直接止めに来た、だが当然亜人には力に敵わず振り払われている。



 しかし次の瞬間――


 悍ましい寒気と共に全身の毛が逆立つのが分かる。原因は明白だ。

 ゼントが尻尾を鷲掴みにしたのだ。真ん中でも根本でもなく、よりによって先端を……

 人間にはもともと無い感触、加えてこれ以上ないくらいに敏感な部位。


 これは……嫌でも体が反応してしまう。我慢できるという領域の話ではない。

 そして、その間の抜けた姿を見られて……この上なく恥ずかしくなってしまった。



 だから、これはある意味正当防衛と言っていいだろう。

 私の左腕は鞭のようにしなり軽やかに大きく、外回りの弧を描きゼントの右頬へ吸い込まれる。

 彼は引きつった笑顔を保ったまま、流れるように水の底に沈んでいった。そんなに力が入ってなかったと思うんだけど。


 亜人は、確かに身体能力が凄いけど本能的な反射行動が目立つ。

 危機回避としては便利だけど、やはり意思が効かないという不便な点でもある。



 沈んでいくゼントを見て頭が冷えた。今はとにかく助けなきゃと感じた。

 少なくとも私が殴ったことに変わりはないのだから。

 池の底に呼吸を止めて潜って、水から引き揚げ陸地へ運ぶ。


 呼吸の有無を確認して……大丈夫そう、気絶して水も飲みこんでないはず……

 とりあえずは家の中まで彼を持っていこう。ここでは人間に見られる。

 後はユーラに任せよう……昨日と今日で精神的にかなり疲れた。



 まだ気持ち悪さが残っていた……しばらくは頭痛が続きそうだ。

 触れられるくらいでもかなりこそばゆいくらいなのに、強く握られると不快感も覚える。

 思い出すだけで悪寒が……今はとにかく早く体を休めたかった。

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