~逃奔~
翌日になっても、私は懲りずにゼントに抱き着いて妨害した。
いつ奴が接触してくるかもわからない。ゼントに接触してくる可能性もある。
だから絶対に離れるわけにはいかない。死よりも恐ろしいものが待っているから。
既に私自身が厄介な存在であるのに、これ以上迷惑をかけるのはどうかとも思った。
でも抱き着く時、ゼントは困惑しながらもどこか満更でもないような心境をしている。
これは亜人の五感と私の心理的知識を組み合わせて、ようやく読み取れるものだ。
私が散々馬鹿にしてきた奴ら、そして家族の命を奪った亜人という存在。
でも今はどうだ? 目覚めた洞窟で人間の身だったならば私はこの世に居なかったかもしれない。
そして、今ゼントにこうやって体同士の接触が容易にできるのも……
嬉しくないわけがない。初めて出会った時からずっと望んでいたことだ。
亜人は絶対的に憎むべき存在、それでも間接的に助けられてるとも言える。
揺れ動く強い感情が、蒙昧な私を暗闇の底へと引き寄せる。
何故ゼントは亜人の姿の私を受け入れてくれたのだろうか。まごうことなき町では非常に稀有な存在。
昔の私だったら亜人を見ただけで嫌な顔をするだろう。いや、今であろうとかなり躊躇してしまう。
入り乱れた感情を持ち合わせながら、そしてゼントの思考を逐一読み取りながら、
私はそのまま夜まで抱き着いたまま耐えた。あまり苦しい思いをさせないように。
ユーラからは終始、怪訝で恨めしそうな表情で見つめられている。もちろんその実情も理解できた。
例え彼女の精神は子供でも以前の記憶は雁字搦めに纏わっているのだろう。
でも望むのは悪いことではない。乙女であるが故の
その日の夜、私がある意味恐れていた事態が起こった。
想定してなかった訳じゃないけど、こんなに早く起こるとは……
しかもなぜ“あいつら”がここに来たんだ?
きっかけは私の耳が外から向かってくる足音を捉えたこと。
すぐにゼントも私の動きに気が付き行動に移す。反応が素早い。流石、よく私を観察している。
とにかく急いで隠れないと、息を殺せば見つからないと思うけど、もし万が一見つかった場合は……
……そしてその、万が一が現実に起こった。
二階に隠れていたら下の階の会話が聞こえてくる。
そして図らずもその発言を耳にしてしまった。
“部屋から獣臭がする”
たった一言で私の頭は真っ白になり、動揺でいっぱいになり仰け反ってしまった。
当然足音が立ち、その音は下にいるあいつの耳にも……
それから間もなく、階段から足音が響き渡ってくる。こっそりと逃げることもできた気がする。でも……
あえて私は姿を見せてから逃げた。亜人が勝手に忍び込んだように見せかけたかったから。
そして追いかけられれば、ゼントたちに対する目も少しは逸らせるかと思って。
雨の中、視界の利かない暗い森で一人きりの逃走――気になる会話があったがもうどうでもいい。
まさか私の元パーティーがこんな形で追われるとは思いもしなかった。
亜人になったからこそ分かる、理不尽に人間から差別されるという非道さを。
後ろについてくるのはおそらくグリモスとアモス、ここまでは予想通り。
追跡任務はいつもこの二人頼りだった。でも追われる身として連中はこれ以上ないほど最悪。
自分自身から発する臭いでバレるとは完全に盲点だった。嗅覚疲労というのだろうか。
それよりも……臭うのか私は?もしかしてゼントも、私の臭いを嗅いで……
考えてみれば雨の中、ずっと体毛を濡らしたまま走って、僅かだとしても汗をかいてる。
いやだいやだ、本当に最悪、多分、いや間違いなくゼントに嫌われていた。
私が可哀想だと同情して無理に歩み寄っていたのかもしれない。
それに気が付かないなんて……きっと亜人の五感も完璧ではないのだろう。
一先ず逃げないと……でも、どこに? この手じゃ外で生きていけない。やっぱりゼントに助けてもらうしか……
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、彼が助けに来てくれるかもしれないと思った。
でも希望を持つだけ無駄な気がする。決してゼントが人でなしというではない。
ただ危険があまりにも大きすぎて、守るべきユーラを優先するだろうと考えた。
例え私が戻ってもまた受け入れてもらえるかどうか怪しい。
そもそも、私が不用意に時間を掛けすぎたのが原因だ。自業自得と言われればそれまで。
天気が雨であったことは本当に良かった。広い外に出れば臭いはかなり薄れるし、雨音で場所を分かりにくくできる。
実際二人の追跡は想像よりも早く撒けた。もし晴れていたらと思うと、想像しただけで手足が恐怖で鈍くなる。
実際捕まったら問答無用で殺されていたことだろう。あの三人はそういう人間だ。
あいつらとも亜人を嫌っているという点だけは話が合った。でも今は……
とにかく今は外に逃げよう。今までは木の枝を伝って足跡を残さないようにしてた。
でも今からはわざと足跡を残す。町から遠ざかったと見せかけるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます