~愛憎~
――久しぶりに私はユーラという人間の姿を見る。
今まで彼女とはたまに遠くから目を合わせては、気まずくなってすぐに視線逸らすだけの関係だ。
ここ半年はよく手作りの料理を作りゼントに渡していた。私でなくとも彼に気があることは理解できる。
互いのことは知っているけど話したことはない。取るに足らぬ相手だと思っていたから。
あんな生意気な子供みたいな奴、彼が選ぶはずがない。
それに落ち込みすぎている人間を宥めるのではなく鼓舞させるなど、相手の欲求が分かっていない証左だ。
今まではそう考えていた。でも近くで見た今なら自身の過ちが分かる。
彼女の容姿はとにかく美しかった。私が見染められるほど。
私はどちらかというと顔には自信がないほうだった。だからこそ余計に羨ましく思う。
明眸皓歯とはまさにこの娘にこそ使われるのが相応しい。
大きな目と潤んだ自然な唇。存在の全てが朗らかに、鮮やかに出来ている。
しかし長い亜麻色の髪には、以前あった艶がなくなっていた。退行して手入れを怠っているのだろう。
何故これほど美しい女性が傍に居て、感情が揺さぶられないほうがおかしい。
それこそ私なら、嫉妬に狂って扼殺してしまいたいほどに。
もちろん冗談だが、少し昔ならば相当に強く考え悩んだかもしれない。
「――あなたはどこからきたの?あじんでしょ?このけがはどうしたの?」
ユーラが首を傾げながら聞いてくる。その声色は想像よりも著しい。
以前の勝気な人格とは打って変わって物腰柔らか。いったい何があったのだろうか。
いや、思い当たる節しかない。あの時、ゼントが赤い怪物が出たと夜に騒いでいたのを覚えている。
やはり危険な存在に違いない。このままでは彼にも被害が……
それだけは避けなくてはいけない。でも今はそのために適切な行動を……
どうやら体の傷や倒れ伏した様子を見て、私を手負いだと勘違いしてくれているようだ。
実際意識が保てるかも怪しいのは確かだが、なんだか騙して善意に付け込んでいるみたい。
しかし今は手段を問うている余裕はないのだ。どうにかして目的を伝えないと……
でも昨晩ゼントと相対したとき、私の声は届かなかった。
念のため、確認の意味を込めて手始めに挨拶してみる。
“――こんにちは”
「あっ、ごめんね。むりにこたえようとしなくてもいいから。たいへんだったんでしょ?」
……やっぱり言葉が通じてなかった。そして今なら分かる。
私の口から出ているのは、声とも呼べない悍ましい音だった。昨夜は気が動転していて自分がわからなかったんだ。
でも濁った母音のようなものならかろうじて聞き取れる。何とかして伝えられないだろうか。
確かに喋る時に喉が痛むと思った。もともと構造的に声帯が未発達なのか、喉をあらかじめ潰されたのか。
亜人の身体というだけなら、まだゼントに助けを求めることも簡単にできただろうに。
化け物からの悪意としか受け取れない。完全に私を孤立させるためだろう。
でも諦めきれない。せっかくここまで来てあと少しなのだから。
それにゼントをあいつから引き剥がすためにも……
その後、私たち二人は何とか対話を重ねて親睦を深めていった。
首を縦に振るか横に振るか、ただそれだけしか反応を返せないのはつらい。
でもユーラが積極的に話してきてくれるおかげでかなり助かった。
「――ねえねえ、もしよかったらあなた、ここでくらさない?なんだかよくわからないけどあなたのこと、とてもきにいちゃって……」
そしてようやく来た、私が最も求めていた質問が。すかさず首を縦に振る
厳密にはユーラと一緒にゼントに会うことだが、どちらも道筋には違いない。
「……あ、でもおにいちゃんがなんていうかな……でもだいじょうぶ!おにいちゃんならきっとうけいれてくれる!そうじゃなくてもゆーらががんばってせっとくするから!」
その直後、隣の部屋から顔を覗かせる者が現れる。というかこの家に近づいてきている時点で誰が来たかも分かっていた。
もし普通の魔獣だったらここで逃げ出すがあえて留まる。そこでゼントには普通ではないと気が付いてほしかった。
私は知らずの内にまた全身に力を入れる。ここで休んでまた少しは動けるようになっている。
次に彼が襲い掛かってきたらすぐに逃げられるように。
「――ユーラ!目と鼻を塞げ!!」
だが彼は私を見るや否や、何の兆候も見せずとある小さな袋を投げつけてくる。
咄嗟に避けようと思った。でもできなかった。ユーラが体に張り付いてきていたから。
無理やり動こうともできるが、でもそれだと勢いで彼女が怪我をするかもしれない。
だから正面からもろにくらうしかなかった。瞬時に判断して目と鼻を塞ごうとする、だがそれすらもできなかった。
なぜなら頭部が変形していて間に合わなかったから。どうせ私の手には指がないから、全ての部分を覆えなかっただろう。
次に感じたのは猛烈な痛み、感覚器官が鋭くなっている分、その効果は絶大だ。
鼻には当然閉じている目の隙間や口からも最大の悪意が込んでくる。
それはまさしく生き地獄、言葉で言い表すことすらもおこがましい。
そしてそれは、奇しくも私が魔獣相手に使う手法と全く同じだった。もしかして私の部屋から拝借したのだろうか。
出所など考える暇もなく、意識は容易に闇の中に消えゆく。
やはりこれはばかりどうにもならないのか、私はここで終わりなのかな……
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