~災厄~

 


 ――突然周囲に起こった光とけたたましい轟音、

 気が付くと痛みと拘束からは解放されている。



 死んだ、というには妙に生々しい感覚が残っていた。

 恐る恐る瞼をあけると相変わらず重い雨が体に降り注いでいる。

 だがそれ以外に異様な光景が広がっていた。


 原因はおそらくたった今起きた現象。単純に雷が至近距離に落ちた、というわけでもない。

 見るとゼントは強烈なショックを受けたのか、全身が硬直し目を見開いたまま失神している。

 あれは紛れもない、私の魔術具の力だった。でも何故……?



 これは後で考察したことなのだが、ゼントが手に持つ魔術具に触れたのではないかと思う。

 抵抗して下半身をくねらせた時、私の足先に何かが当たる感触があった。


 触れただけで力が発動した理由まではわからない。

 暴発のようなものなのか、これも一部の使い道なのか。

 華麗とは程遠い脱出劇だが、命が助かったのだから文句は言えまい。



 一時的に助かったもののこれからどうするべきなのか。ここに残って会話もとい説得を続けたい。

 でも多分考慮する間もなくまた殺しにかかってくる。悩みに悩んだ挙句私はやむを得ずその場を後にする。


 逃げる前に魔術具を回収しようとした。肉体が変化しても適性が残っているのだから使えるのだと分かった。

 でもゼントが固く握り締めていて取れなかった。気絶して尚、まるでこれだけは手放すまいと固い意志を残しているかのようだ。

 これがないと、いざという時にも丸腰で逃げるしかなかった。


 でももしかしたら、さっきの音で起きた人間がここに寄ってくるかもしれない。

 仕方なく諦めて脚の力で屋根の上まで飛び上がると、足跡を残さないように一目散に逃げ出す。


 ここに来るまでにもなるべく建物の屋根上を歩いてきた、跡で追われることはないだろう。

 しばらく町の傍にある森に潜伏することにする。ここでゼントに安全に近づく機会を窺おう。

 まだ諦めきれない。どんなに時間がかかってもいいから、彼には私の気づいてほしかった。



 ◇◆◇◆




 ――その後、町の境界からは脱してゼントの家の近くに張り込んだ。


 しばらく経って意識が戻ったのか、彼が家の中に入るのを確認する。

 流石に暗く、遠すぎるので表情はよく見えなかったが、体を震わせて怯えているように感じた。

 私を仕留め損なってどう感じているのか気になるが、これ以上接近すると感づかれる可能性がある。



 ここに来るまでに私は一つ、作戦を思いついていた。

 いや、これは全て運任せで作戦と呼べるかどうかわからない代物だ。

 でも短期決戦で彼に近づくにはこれ以外に思いつかなかった。


 その内容とは、まずゼントの家に居候しているユーラにこっそり近づく。

 見聞きした限り、彼女は知能低下を患っている。亜人として近づけば仲良くなれるかもしれない。

 そして、ゼントとの仲を取り持ってもらうのだ。字面だけ見るとなんと単純なことか。



 自分でも呆れるほどぞんざいで拙劣な計画だ。幼稚すぎて子供でも思いつかないだろう。

 そもそもゼントに気づかれずユーラだけに接触できるのか、彼女と仲良くなれるのか。

 どこかで躓けばそれで全てが破綻する、果たして上手くいくのだろうか。


 とにかく二人に敵性がないと分かってもらうしかない。

 失敗する確率はかなり高いが、その分保険も大きく効く。

 例えどこかで予期せぬ失敗があっても、私に降りかかる危険は逃げるだけで回避できるのだから。




 そして夜明け前、とうとうゼントが動き出す。夜が明けると同時の出来事だった。

 ユーラに接触するなら今しかない。私は条件反射で行動に移す。


 気温が低い中、冷たい雨に打たれつつ起きていた甲斐がある。毛に水が滴って余計に凍えそうだった。

 昨日からほとんど寝ていないのだ。亜人の身体だからか、多少は眠気に耐えられるがそれでも辛くないわけでもない。



 早速壁によじ登って二階部分の壁に出来ていた亀裂から内部に侵入する。

 正面玄関から入らないのは、おそらく警戒されて扉を開けてくれないだろうから。


 そして息を殺し、素早く階段まで寄る。天井との隙間から一階の様子を窺った。

 予想通り彼女がいる。俯いた状態で壁に横たわっていた。

 すかさず私はわざと壁を叩いて物音を立てる。



「――ん? なんだろう?」


 彼女が振り向くと同時に、階段から恐る恐る降りて姿を現す。

 手始めに相手の反応を見て様子を窺うのだ。ここで少しでも怪しまれたり、慌てて逃げられたりしたらすべて仕切り直しだ。



「――あ、あの、えっと……おにいちゃんが、このいえにはだれもいれちゃいけないっていってて…………あれ、でも……もしかしてけがしてるの?」


 始めは口元に手を当てて、どうしようかとしどろもどろになっていた。

 だが次の瞬間、ぼろ服の隙間から身体の怪我が見えたのか、心配そうに駆け寄ってくる。

 脚に力を込めて構えていた割には肩透かしを食らった気分だ。でも第一段階は成功。



「ほら、だいじょうぶだからおいで、こわかったでしょ?」


 安心したと同時に、全身の力が霞のように抜け落ちる。

 昨日から寝ずにずっと動きっぱなしで、ゼントからは無下にされ、冷たい雨にも打たれ続け。

 体力の限界はとっくに超えていた。安全地帯だと脳が判断し、ようやく体を休めることができた。


 でもまだ意識だけは飛ばすわけにはいかない。

 私にはまだまだ超えていかねばならぬ問題を抱えているのだから。

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