~穢土~



 ――その後の私はいつになく運が味方をしてくれた。



 洞窟に戻ると奥まったところに魔術具を見つける。

 服は見つからなかったけど、町にある私の家まで行けば替えの服があるだろう。

 しかし全裸で動き回るのも気が引ける。途中で拾ったぼろ布を被ったり巻き付けたりで貫頭衣にした。


 指がないので掴めない。腕で挟むようには持てるが、両手が完全に塞がってしまう。

 仕方なく口に咥える。皮肉なことに前面に飛び出た顎で持ち運びやすかった。


 そして半刻ほど歩けば森からは抜けられ、大きな街道に出られる。

 しかもますます運がついてる、見覚えのある場所だった。

 歩いて半日もあれば私の町にはたどり着けるはずだ。



 街道に沿っては移動するものの、かなり外れた道を使った。

 なぜなら可能な限り人間に出会いたくないから。

 姿を見られただけでも面倒なことになりそうだ。


 その代わり魔獣には何回か遭遇してしまった。

 でもこの体はすごい。魔獣共が近寄る前に気配で分かる。

 地面を伝わってくる微かな足音や空気の流れ、視野が広く鼻もかなり利く。


 もちろん逃げるだけなのだが、その際にも足が速くて何度も助けられた。

 始めは他人の身体を無理やり使っている感覚だったが、しばらく動かしていれば次第に慣れてきた。




 町の近くまでは問題なくたどり着けた。しかし大変なのはここからだ。

 というのも、町に魔獣が近づかないように厳重な警備が何重にも敷かれているから。

 物見やぐらを何個も組んで昼間は目視で確認。夜は魔獣が光に集まる習性を利用して、かがり火を使って異常を確認している。


 隙はほぼ無く、本来は突破することなど不可能に近い。でも町の住人だった私ならやぐらの位置をおおかた知っている。

 とはいえ、何もない平原をまだ日が高いうちから横断するのは厳しい。安全を第一に、仕方なく夜が更けるのを待った。



 やはりこの亜人の身体の能力は凄まじい。光のない暗闇でもある程度は物が見える。

 人間の頃は夜に明かりなしで動くことなど不可能だったのに、五感を駆使すれば迷わず歩けた。

 昼間はまだ曇っていたのに、時間経つにつれまた雨脚が強まり、


 そしていよいよ、想定よりもかなり容易に町を取り囲む高い柵までやってきた。

 依然として跳躍力を用いて軽々と柵を飛び越える。

 ようやく帰ってきた。疲労は限界を越えていたが、ここまでくればあと少し。



 予想通りというか、当然というべきか、門番以外の人間は町中に見当たらなかった。

 こんな夜更けに出歩いている奴なんて盗人か夜逃げか、とにかく碌なもんじゃない。

 私はまず中心近く自宅へと向かう。替えの服の他にも色々確認しておきたいことがあったから。




 ――だが、幸か不幸か、真隣の路地で出会ってしまった……

 私の自宅から張り詰めた顔で出てくる、ゼントと……


 なぜ私の家に居たのかはわからない。もしかしたら異変を察知して確認しに来てくれたのかも。

 私を見つけたゼントは不審がる。でも警戒する様子はなくわざわざ忠告の声までかけてきてくれた。


 まさに僥倖、だが彼に会えた喜びと同時に、この身ではサラと認識されないことを悲しく思う。

 でも今は関係ない。声で伝えて魔術具を見せれば信じるかはともかく、すぐに気が付いてくれる。


 溜まった疲労と歓喜で私はよろめきながらゼントに近づく。

 そして彼に抱き寄せられてその中で力を振り絞った。



 “――ゼント、助けて!!”


 私は確かにそう言った。喋りづらく若干喉に痛みが走ったけど、自身の耳でもそう聞こえたはず。

 だがどうしたことだろう。彼は異様な反応を見せる。異変に気が付いた時にはもう遅かった。


 そして、何の脈絡もなく突き飛ばされる。ただでさえ泥の上を走ってきたのに、泥水に塗れて体中が茶色に染まる。

 更に、私の魔術具を見て目の色を驚くほど凶悪に変えてみせた。



「――まさか……亜人じゃなくて魔獣か?」


 どうやら勘違いをされているようだ。しかも、考えられる中で最悪のされかた。

 鼻先に火を投げつけられ、全力での拳をくらう。起き上がろうとしても殴る蹴るの乱打が止まらない。

 あまり痛みはなく体損傷もないが、とにかく状況が呑み込めない。

 頼みの綱でもあった魔術具を取り上げられ、顎を足で押さえつけられる


 本当に成す術なく絶体絶命かに思える。弁解の機会すら与えてもらえず、ゼントは本当に私を殺す気だった。

 もしかしてこれが自身への罰なのかもしれない。好きな人に勘違いされ無残に殺されるのが……

 私欲だけでゼントを傷つけようとした私、今考えれば当然の報いだ。



 ――でも……でもっ、


 勘違いされたまま死ぬなんて惨めすぎて御免だった。

 できるかどうかはともかく足掻くくらいはしたい。

 でも現実はそうはいかず、いよいよゼントは慈悲のつもりか最後の言葉を聞いてくる。



 “――違うッ!私がッ!サラッ!!”


 すかさず私は口の隙間から声を漏らす。これが最後の与えられた機会だと理解したから。

 確かにそう言ったはず。でもどうしてかゼントは全く反応を見せない。

 まるで何かの力で会話が遮られているのか、あるいは呪いでもかけられたか。


 言葉でだめなら抜け出すには力尽くのみ。

 ゼントが以前言った内容を信用するなら、私のほうが実力はある。

 それに亜人のこの身体なら勝算は十分あった。


 なのに、どういうわけか拘束から抜け出せない。

 理由はすぐわかる。彼はただ押さえつけているのではない。

 適切な体重のかけ方で顎の関節をめられている。



 それに気づいた私はもう終わりだと直感した。

 頭ではそう理解しつつ目を瞑るも、体は抵抗を止めることはなかった。

 だがその行動は正しかった。なぜなら奇跡が起こったのだから。


 耳には最初、パチパチと静電気のような音が聞こえてきた。

 死ぬ間際の幻聴かとも思ったがどうやら違う。



 ――そしていつの間にか、視界は眩い光に包まれ、耳を劈く轟音が聞こえてきた。

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