『命運』

~捨象~

この章では失踪したサラは何処へ行ってしまったのか。

そしてジュリという存在が何処からやってきて、なぜゼントにすり寄るのかを語り明かします。


――――――――――――――――――――


 



 時は少々遡る、あの冷たく暗い雷雨の夜へと――



 あの夜、使えない大男三人衆とも決別した私は、孤独に町で一番高い建物の屋根へよじ登った。

 中心にある比較的富裕な者の家。そこからなら町の全てを一望できて、これから行う計画に都合も良かった。


 周囲に雷が絶えず落ちている。自身も雨に濡れ、雷に打たれる可能性もあるのに行動を顧みることはできない。

 目の前の名も知らぬ欲求の為だけが、唯一の原動力だった。



 私がずっと練っていた計画、それはアイツの息の根を止めること――あのゼントに付きまとう、卑しく五月蠅く厄介な虫を駆除するのだ。

 そうすれば彼は私の傍に居てくれると言質も取った。

 無論、実力では敵わないので真正面からというわけではない。そして証拠を残すわけにもいかない。


 そこで採った方法が自分の持つ魔術具を使って殺すこと。

 今夜の雷雨はまさにうってつけの天気だ。これから起こる大きな音もかき消してくれる。


 人を殺したことなど一度もない、でもその光景は何度も見たことはある。

 かつて幼い頃、生きるため鐚を稼いだ非合法な商店の中、そして幸せだった家族。良くも悪くも沢山の人の死を看取る。


 奴隷として売られて残虐に体を嬲られ殺された少女。組織を裏切ったとして捕まり、首を鋸で引かれた青年。

 そんな悲惨な光景が日常だったからか、殺人に対してそこまで戸惑いはない。

 むしろゼントと一緒に居る為なら、煩わしい人間を排除できるなら進んで行うべきだ。




 屋根に立った私は手に魔術具を天に掲げ、祈るように願いを込めた。

 この力の発動条件は多種多様だが、大まかには身体の特定の動きが関係している。

 加えて、その時の想いが強いほど威力が上がる……気がした。確証がなくてもその感覚はある。



 黄色く眩い謎の光が一筋、厚く曇った空に向かって伸びていく。

 最初は細かった光が段々と力強さを伴って、ゆっくりと時間を掛けて太く輝かしいものとなった。

 この準備に取られる時間が普段使いできない所以だ。こんな呑気にしていれば戦場では余裕で喰われる。


 そして事前に必要なものがもう一つ、

 強大かつ安全な行使の為に、力を標的に誘導させる媒体が必要だった。

 それが、あの女に渡した青紫色の宝石、


 彼女ほどの実力の持ち主なら、その石の意義に気が付くかと思ったけど、

 意外と頭が悪いのか、意味もないのにぬか喜びしていた。

 あの様子なら今でも懐に大切にしまってあるのだろう。


 これらを備えた上で、ようやく準備が完了する。



 思えばゼントと折角一緒に出掛けられたのに、また怪我を負ったせいで結局なにも進展できなかった。

 彼と初めて会った日と全く同じ光景、二度の同じ過ちはそう簡単には拭えない。

 でも大丈夫。愛情でもこれからゆっくり二人で育んでいけばいい。



 今はそう。ゆっくり掲げた腕を下ろすだけでいい。

 そうだ、これでいい。これで何もかも思い通りに……



「――ライラ。お前があの竜が殺してから散々だ!一瞬で直々に終わらしてやるから私の為に、もう一度逝ねッ!そして二度と目の前に現れるなッ!!」



 狂気紛いの言動を放ち、高く掲げた魔術具を地面に叩きつける勢いで振り下ろす。

 瞬時に世界は瞬きと共に流転した。図らずも視界は悍ましく白い世界に包まれる。

 同時に耳を劈く轟音、頭を打ったような衝撃に襲われた。


 それは言葉にすると一撃必殺の“雷撃”。これが私の持つ魔術具の力だ。


 ただ一瞬でつまらない雷ではない。数舜にも及ぶ継続的ないかづち

 直撃した者は、神経はおろか体の組織ごと文字通り焼き切られるのだ


 そのまま消し炭になって証拠どころか死体すらも残らない。容易く完全犯罪が成立できる。

 この魔術具の力、周りはほとんど実態を知らないはずだ。実際使ったのも片手で数えられるほどで、今は邪魔となったパーティー駒たちにも教えていない。

 それも全てこの日の為、厳密にはゼントに付く虫を焼き殺す為。



 高い場所に上ったのは、あの女の最後が見てみたかったから。

 ゼントの家がある方向に落ちた気がするけど、大丈夫。

 彼には誘導媒体がある限り目標以外には当たらない。


 範囲や加減の無さなど制限も多い。使い方を誤れば使用者が死にかねない。

 それでも私の進む道には必要不可欠で、理にも適っている。


 なぜ使用方法が分かるのかと問われたら、それはなんとなくとしか答えようがない。

 初めて持った時に必要な動きが曖昧に分かる。これ以外にも魔術具には解明されていない謎が数多く残されていた。



 でも今はそんな小難しい事はどうでもいい。

 とにかくこれで終わった。戦いもこれまでの蟠りも、全てが無に還った。




 そして――私の幸せな人生が始まるのだ。

 まだ残る障害は多いけど、それでもゼントとなら一緒に乗り越えていける。



 さて、これからどうしようかな。

 まずゼントと二人でパーティーを組んで、数え切れないほど沢山の思い出を作る。

 時に危険なことがあっても助け合い、試練を乗り越えて互いに愛情を深めよう。

 林の中で体を押し倒したりして赤くなって動揺する顔を楽しんだり……


 雨に打たれていることなど全く気にはならず、未来の事を色々と考える。

 とにかく邪魔な娘が消えたことが嬉しくて、有頂天になっていた。

 でもこれはごく普通の事、本来あるべき姿を取り戻しただけなのだから。



 そうだ、今日のこの気持ちを忘れないように、今すぐ奴だった残骸を見に行こう。

 一面が焼けた炭で黒くなっているはずだ。雨で流される前に、



 ――早く、早く、はやく……












「――ようやく自白してくれたね。話を私のところで詳しく聞かせてね」




 ――その時だった。耳元であの女の無邪気な声がうなる風と共に聞こえてきたのは、



 なんで?何が起こっているの?

 何度も確認した、私の周りには誰も居ないはず。

 そもそも……こいつは今死んでいるはずなのに……


 付近で雷撃は無かった……なのにどうして……?



 声のような音が聞こえると同時に、背中に寒気が走り意図せず強張り仰け反った。

 何が起こったのかも分からない。世界は暗転して、意識を失ったことだけは分かる。

 ただただ直感で、私の人生はここで潰えるのだと悟った。

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