第153話『形見』

 



 魔術具――武器の形を一応は模しているが、その見た目通りの用途で使われることはあまりない。

 能力が非常に強力ゆえ、各々に備わった機能を十二分に引き出して戦う。

 間違いなく今この大陸で最強の個人武装だろう。


 もちろん見た目通りに使っても普通の武器より切れ味が良く、とてつもない耐久力もある。

 よってその武器の心得があった方が使用の幅がかなり広がり、いざという時にも利用しやすくなる。

 能力だけ戦い方は虚飾に過ぎず、いずれ慢心を生み、身を亡ぼすだろう。



 ゼントが持っている魔術具も例に漏れず、強力だが使い方を誤れば猛毒にもなりえた。

 その見た目は光の散乱で青白く氷で出来ているのかと勘違いする。だが近くで見ればすぐに違う素材だと分かるだろう。


 元々は恋人の所持品、彼女は本当に特別だった。名実伴っているからこそ使いこなせたのだ。

 荒唐無稽に飛び出してきただけの少女には、持つ資格すらないのだとその身をもって言い聞かせてやりたかった。




「――じゃあ力を使って見せるね」


「え、いや……今日はもう遅いから明日の朝にでも……」


 ゼントの言葉による制止など聞こえていないかのように、ライラは立ち上がり剣の方向へ歩み寄っていく。

 そして目の前で立ち止まると遠慮もせずに、乱雑に勢いよく、軽々と持ち上げた。

 しかも片手で……



「おい、もっと丁寧に扱え」


「ごめんなさい、思ったよりもかなり軽かったから」


 我慢できずに荒々しく声を上げる。対してライラは驚いた表情のまま謝る。

 言い訳がましくも聞こえるが、実際彼女にとってはその通りなのだろう。


 片手で持ったことに対して須らく驚くべきか、がゼントはもうすっかり慣れてしまったので言及しない。

 しかし持つだけならまだ簡単。問題なのは力を発現できるのかどうか。



 すぐに外に持ち出す、わけではなくライラはしばらく厚い剣身を見つめている。

 刃こぼれを確認していると思ったが、どうやら中央の文字をぼんやり眺めている様子。


 というのも剣に文字が書かれているのだ。魔術具特有の物と言うよりも武器の装飾の一種だと考えている。

 幾何学図形を組み合わせたような形で、何と書かれているかは以前調べてみたが全く分からない。

 結局どこかの古代文字だろう、と言うとも不確かな推測だけで終わった。



「――何をしているんだ。もしかして……解読できたりするのか?」


 無論、冗談のつもりだった。資料すら残ってないのに読める人間などいるはずがない。

 しかし返ってきたのは突飛なものだった。やや不機嫌で忌々しそうな声色だ。



「……大したことは書かれてないよ。恐ろしいくらいばかばかしい内容だね」


 これには流石にゼントも驚く。明らかに読めているような口ぶりだったから。

 冗談の意趣返しのつもりか、本当に理解できていたのかは定かではない。

 彼女なら分かっていても不思議ではない気もするが……


 意表を突かれたゼントだがすぐに立ち直ってもう一度尋ねる。

 疑ってかかっていた。でたらめを言うなら誰でもできるのだから。

 それも威容でもない少女が



「じゃあ、そこになんて書いてあるのか教えてくれよ。実は手に入れた時からずっと知りたかったんだ」


「ゼント……世の中にはね、知らない方が良いこともたくさんあるんだよ」



 彼女は確かに何者にも劣らない実力を持っている。

 だが世間知らずであり、全てにおいて通じているわけでもない。

 にもかかわらず達観して、全てを知っているような口ぶりに少々不満が募る。


 武具に書かれている文字なら知って損する情報でもないはずだ

 それにもし本当に解読できていれば貴重な手がかりにもなりうる。

 素直に教えてくれればいいのに。それとも彼女の言う通り知らない方が良いものなのか。




「――そんな事より早く外に出て使ってみよう。部屋の中だと多分大変なことになるから」


 その意見は最もだ。理由は不明だが使い手によってはたまに力が暴発することがあった。

 かなり稀な例だとも聞くが自分の意志は一切反映されず連発してしまう。

 今のところは大丈夫そうだが、やはり試す場合には注意が必要だ。


 ライラは大剣の柄を逆手で持ち、肩慣らしとでもいうように堂々と外へ雨の中出て行く。

 ゼントも釣られるように仕方なく雨具と灯りを用意し、一時的に暖をとっていた火の始末を確実に終えて外に出る。



「お前、雨に濡れて寒くないのか?」


 ふと疑問に思って心配の声を掛ける。遅れて外に出るとライラは既に髪も服も全身水浸しになっていた。

 ゼントの持つ灯りに照らされて水浸しの陰が微かに分かる。


 外の気温は季節外れの凍えるような寒さ。雨に濡れれば確実に風邪をひきそうだ。

 現にゼントは手がかじかんでいる。厚着をしても指の先までは包めない。


 なのに、彼女はいつも同じ格好だ。全身黒ずくめ、違う姿を見たのは無理やり防具を着せようとした時くらい。

 ゼントも服装はあまり人のことを言えないが、ライラに関しては全く変化がなかった。

 相変わらず謎が多いが、人のあれこれを詮索する気はない。ただ心配と気になっただけ。



「大丈夫、ゼントの為ならこんなのなんてことないよ。それより早くついて来て」


 折角の心配をライラは何でもないように流して、早く使ってみたいのか裏の森へと手招きして催促する。

 彼女は夜道を先行して行った。暗いのに足元が見えているのだろうか。


 そして――木々が開けた場所にたどり着くとライラは押し黙りで大剣を構える。

 暗くてよく見えないが細く真っ直ぐな剣身だけはしっかりと捉えられた。

 ゼントはその後ろ、距離を十分にとって見守っている。


 その姿はお世辞にも様になっているとは言えない。

 色合いにも原因はあるが強いて表現するなら……剣が大きすぎるせいで、武器を使っているというより使われている気がした。

 恋人とはまるで異なる。何故このような違和感を持つのか不思議で仕方がない。



 ライラはそのまま目を瞑り深呼吸して、何やら念じているような動作をした。

 その時点で悟る、彼女に適性は無いのだと。そもそも構えた時点でかつての恋人と違う。


 能力の発現には魔術具ごとに応じた特定の構えが必要らしい。

 もし使える者ならなんとなく、持った瞬間に発現の構えが分かるのだそうだ。

 しかしライラは特に何も感じなかったのだろう。



 こればかりは才能と同じで、どうしようもないことだとゼントは思った。

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