第152話『体裁』

 



「――でもその言い方だと、まだ可能性が残っているってことだよね?なんでダメになったのか、理由を教えてくれない?」


 話が次に進めるのかと思いきや、梅雨の雨雲のようにライラは停滞を選んだ。

 なぜそれほど執着するのか。あれは言ってしまえばただの綺麗な石だ。

 何か特別な機能や価値があるとも聞かない。


 そしてライラのその質問は非常に複雑で答えにくかった。実はサラから贈答品だとは……

 もう会えるわけでは無い。ならば、いっそのこと本当のことを伝えてしまおうか。

 石がどうしても欲しいと言うだけなら、あまり意味のない嘘のように思える。


 サラの黙っていて、という願いを裏切るわけにもいかない。

 しかしライラは諦めきれないのか、真実を貪欲に知りたがっている。

 また双方に利害が生じる選択をしなければならなかった。



 そんな時、ふと腕や首筋に寒気が走り鳥肌が立った。原因は玄関の軒先で会話を続けていることだ。

 お互い雨に濡れる場所ではないが、部屋と外気の温度差が滞留の風を生んでいる。

 耐え切れないわけでは無いがライラが寒そうだと感じて持ちかけた。



「まあ、ここは寒いからとりあえず中に入れ。そこで座ってゆっくり話そう。ユーラが寝ているからなるべく音を立てないように」


 後ろに視線を流し、居間にある椅子を指差す。考える時間を稼ぐ最後の悪足掻きのつもりだった。

 ライラは目を細め、どこか遠くを見るように顔を眺めている。不信感を露わにした表情だ。

 しかし早く会話を続けたい為か、数秒の無言の後すぐに席に着いた。


 ゼントも続いて腰を下ろす。この時彼の頭は、どうしようかと迷いで揺らめきの狭間にあった。

 だが即刻即決せねばならない。正面のライラが真っ直ぐ純粋にこちらを見ているのだから。

 とうとうどちらにも決めかねて、どちらとも言えない答え方をしてしまう。



「――石の件だが、詳しいことは教えられない。悪いがこれ以上の詮索はよしてくれ」


 言ってしまって気が付いたのだが、案外随分と単純な突破口だった。これなら誰も傷つかないはず。

 責任を疎かにしたともいえるが、そもそも必要だったのかもあやしい。


 もしかしたら、今までの選択にはどちらでもない第三の道もあったのかもしれない。

 そう考えると自分の選んだ方向に自信を持てなくなった。だが後悔すらも遅すぎる。



「そう、それは残念――」


 想像よりも軽い反応、空虚な声でライラは答える。

 しかし瞳はどこか虚ろげだ。血の灯った口元からも息が漏れる音がした。


 理由を聞くまでしつこく粘られると思っていたので、呆気なく引き下がってくれてゼントも一息つく。

 逆に自分の内心が知らずの内に漏れてしまっているのでは、と勘ぐってしまうほどに。



 もし真実を述べたのなら喜んでくれたのだろうか、あるいは不機嫌に。

 どうなるのかはあくまで憶測であり、どうしても想像の域を出ない。

 そして一度なった選択は簡単取り戻すこともできない。


 だから決定という行為は軽々しく行うべきではないのだ。

 至極当たり前のことなのに、度重なる平穏の中でどこか忘れがちになる。

 例え苦渋の決断であっても、後悔の無いように最善を尽くす。




「――ねえゼント、そこにずっと飾ってある大きな剣、私に使わせてくれない?」


 意識を目の前から背けていると唐突に声を掛けられる。気持ちを切り替えてなのか違う話題を出してきた。

 脇に置いてある“物”を指差して言う。その物とは、一言で表すのなら大きな剣。



「――駄目だ」


 思考する間すらなく、ゼントが放ったのは確固たる意志を持った拒絶。

 取り付く島もない様子にライラが疑問を持つのは明らかだった。



「どうして、しばらく誰も使ってないでしょ?机の上に置いて飾っておくのが正しい使い方なの?」


「あの大剣は俺の命よりも大事なものだ。これを守るためなら俺は死を恐れず、そして気丈に生を全うできる」


 刀身は細いが長さは彼女の身長以上にあり当然重量も無視できない。

 事実亜人の森から帰って来る時、陸地でこれが一番の運ぶのに時間が掛かっている。

 おおよそ少女の体格で扱えるのかという疑問が浮かぶが、きっとライラの腕力なら問題ない。



「お前はこんなもの使わなくても十分強いだろ、竜を単独で倒せるんだから。それに慣れない武器は危険が増えるだけだ」


 ライラは今でこそ問題ないが、初めは剣の扱いすらままならなかった。

 戦闘をしたことがないと言うより、彼女の戦い方に元々あっていなかったのだろう。

 だが彼女は自分の我を強く保ち、説得を聞いてはくれない。



「大丈夫、その剣があればもっと強く成れる。もっとゼントの役に立てるよ」


 動機はともかく、その自信は一体どこから来るのだろうか。

 何もそこまで強くなる必要もないと言うのに。

 説得を続けるゼント、持たせたくない理由があったから。



「そもそもこれは魔術具だ、適性が無いと使えない。実際俺が持ってもなまくら以下にしかならなかった」


「じゃあ、もし仮に私に適性があれば使わせてくれる?」


 ライラは惹きつけられるような白い歯をこぼし笑う。

 その顔を見てゼントは思った。もしかして実力さえあれば魔術が使えると思っているのか、と。


 魔術具の適性とは力ある者ではない。例え平凡な村娘であっても適合する可能性はある。

 そして一つの魔術具が使えたからと言って、別の魔術具に適性があるとも限らない。

 適合する者すらかなり少ないのに唯一無二、それはある種の運命的な出会いだ。


 にもかかわらず目の前の少女、ライラは単なる実力だけで使えると思っている。

 魔術具を知らないと言うこともあるのだろうが、それはまるで井の中の蛙。

 その満ち満ちた驕りをへし折ってやろうと思って、軽い挑発に乗ってしまった。



「……使えるのならな」



 同じ名前で同じ剣を持つ姿は“彼女”どこかと重なってしまう。

 然り、これは元々ゼントの恋人――ライラが使っていた武具だ。



 亜人の森で彼女が亡くなって、ゼントは心神喪失状態で救出された。

 しかし場所が場所だけに未だ遺体の回収は何一つできないまま。

 この大剣だけは気絶しながらもしっかり抱きしめていたのだと言う。


 今は持って帰って来れた唯一の形見として大切に保管してある。だからこの大剣は誰にも渡したくはない。

 本当は触れさせたくも無いのだが、これは考えなしに口走ってしまったゼントが悪い。

 試しに一回振らせたらすぐに取り上げようと考えていた。

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