第151話『庶幾』
――就寝時、ゼントはある程度の安らぎを持って一時的に眠りに就けた。
というのも、自分の中で思い切って開き直ってしまったからだ。
簡単に言うがここまで来るために壮絶な忍耐を要していた。
懸念はどうしても尽きなくて、感情を抑えきれず顔を隠して探しに行こうとも考えた。
だが今更何か助け出したところでジュリが自分の思った通りになるわけでも無い。
サラについて聞き出せなかったことは名残惜しいが、これが互いに良い結果を引き出すのだと信じる他なかった。
その日、夜には凍えを齎す雨がまた降り始めている。
部屋は冷え込み、寝てしばらく経つと目が覚めてしまう。
仕方なく火を熾して暖をとった。
揺らめく炎を眺めている時だけは、様々な葛藤から解放される。
だが同時に周りの壁に映る炎の影が不安を押し付けてきた。
ゼントは火に当たりながらも、もう明日のことについて考えている。
一先ずは協会に行って、サラの捜索は打ち切ってもらおう。
そして魔獣討伐の件も手を尽くしてできる限りのことをやろう。
行うべきことを着実にこなしていけば、煩わしい想いも時間と共に薄れる。
サラのこともジュリのことも、懐かしい思い出と化すだけだった。
一つ例外があるとすれば恋人ライラ。彼女との記憶は忘れない自信がある。
それでも時間の摩耗からは逃れられず、いずれは顔も思い出せなくなるかもしれない。
何故自分はこれほどまでに不幸なのか。
恋人もユーラもサラも、そしてジュリも。
数少ない親しかった人達がどんどん話せなくなっている。まるで呪いのようだ。
別れる悲しみを味わうくらいなら、初めから冷たくされた方が良かった。
いや、それはあまりに暴論か。親しくなって得られた温かさや経験は何物にも代えがたいはず。
しかしその分反動も大きい、今だけなら冷たい気持ちになっても許される。
寂しさから寄せる想いと、己の呪詛のような境遇にただただ打ちひしがれていた。
――その時、入り口の扉を叩くような音が聞こえる。
雨の音にかき消されてよく聞こえない。初めは幻聴かとも思った。
もう夜も更けて瞼が重い。火の勢いと共に意識が遠ざかっていく。
だが何度も何度も繰り返し、重く叩かれる音が耳に張り付く。
それはまるでひどく焦って居るようにも思えた。
度重なる騒音にようやくゼントも気が付いて我に返る。
目がはっきり覚めて慌てて飛び起きた。
隣でぐっすり眠っているユーラを起こさないように静かに。
でも素早く立ち上がると短い距離にもかかわらず走って玄関に駆け寄る。
ゼントの頭は一つの可能性を垣間見ていた。
こんな夜遅くに遠慮なく家の扉を叩く者など、極めて限られている。
が、そんなはずはない。中途半端な期待をして裏切られるくらいなら……
この間も扉を叩く音は鳴りやまず、恐る恐る扉に手を掛けた。
そしてゆっくり扉は外に向かって開いていく。そこには――
「――ゼント、なんだか顔色が良くないけど大丈夫?」
冷たく流れ込んでくる風と共に、そこには居た。ライラが……
外は雨だと言うのに雨具を着ておらず、しかし濡れている様子もなく。
辺りは暗闇だと言うのに明かりも持っていない。棒立ちで佇んでいた。
「なんだ、お前か……」
特に落胆した様子もなく対応できた。いつも通りの声色のつもりで。
あらぬ疑いを掛けられないためにも、町の人間と接する時は感情を押し殺さないといけない。
しかし次に来た発言を耳にした時、心拍数が上振れた。
「……もしかして別の誰かを期待していた?」
ゼントは虚を衝かれ、一瞬唖然とした表情を見せる。当然期待などしていない。
していなかったはずなのに、どうしてそのような言葉を掛けてくるのだろう。
ただの憶測か? とにかく今は考える時間はない。すぐに表情を持ち直して返事を返す。
「そんなことはない。こんな時間に何の用だ?例の石なら……」
表面だけでも繕えたはずだった。適当に流して続きを促す。
だがそこまで言ってゼントは口籠る。期待に添えないことに気が付いてしまったから。
サラに再会する事は既に絶望的だった。つまり、石の在りかはもう……
「今夜はそれだけじゃなくて、明日辺りに魔獣討伐の依頼に行かない?」
「だったらこんな時間じゃなくても……」
「ごめんなさい、昼間は忙しかったの」
「そ、そうか……」
相変わらず感情が見えずどう反応したらよいのか難しい。
しかし今回に限っては声から愉快そうに思えた。
昼間は何をしていたのか、とはあえて聞かない。特段今は興味も無かったから。
とにかくちょうどいい時に会えたものだ。今まで困ったことが一度もない。
これから彼女にとって辛い内容を言わなくてはならない。
どんな反応をするかは分かりきっているが後回しにするよりはいい。
頭を下げ、手を合わせて素直に謝った。
「……すまん、石の件についてだが…………悪いが諦めてくれ。手を尽くしたんだが、もうかなり厳しくて……」
「そ、そうなんだ……うん、でも覚悟はしてたから」
残念なことに、こればかりはどうしようもない。
珍しいものでなければどうにでもなるのだが。
サラが居なければ情報すら手に入れられない。
ライラはこれ以上ないくらいに落ち込んでいた。
肩を低く落とし、目からは光が失せ、死んだ家畜の方がまだいい顔をしている。
できることならその惨い姿を見たくない。しばらくは目に焼き付いてしまいそうだ。
やるせない気持ちになりながら、二人で大きなため息を吐く。
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