第148話『虎口』

 



 ――かつてサラと一緒に居た大男三人にはそれぞれに有用な特技があったりする。


 グリモスは鼻が、バラスは耳が、そしてアモスは目が、それぞれ人の数倍は秀でているのだ。

 風上からの臭いで先の正体を特定したり、反響定位によって光の無い洞窟を軽々と勧めたり、高い場所に行けば数キロ先の得物の種類を判別できたり。

 一部では亜人をも凌ぐ能力、三人合わせれば索敵には綻びすらない。


 三人は知能も亜人並みだとサラが馬鹿にしていたこともあったが、今この現状では驚異の他ならない。

 臭いと音、まさかそんな些細なきっかけで疑われるとは思っても見なかった。


 もしジュリを匿っていることが発覚すれば身はどうなるか分からなかった。

 町を追放で済めばかなり良い方だ。しかしユーラの身を考えるとそれも到底受け入れられない。



「ちょっと、念のため家の中を確認して良いか?」


「いや、今日は森で捕れた獣を捌いたから、多分それの臭いじゃないか……!?」



「見た感じこの家には二階があるだろ?もしかしたらそこに居たりしてなっ!だとしたら灯台下暗しもいいとこだよなぁ」


「そ、それは…………」


 真面目な態度で尋ねるグリモス、捉えどころなく場を茶化すバラス。

 ゼントは二人に詰め寄られ、成す術が無くなってしまった。

 というのも、これ以上無理に拒み続けると逆に怪しさが増して疑われてしまう。



「悪いが入るぞ、何もないのならそれでいい……」


「あっ……」


 そして大した抵抗もできず家への侵入を許してしまう。

 迷わずに奥の階段へと向かい、三人の肩に手が届かなくなる。

 非常にまずい、ジュリが見つかれば言い逃れできなくなる。絶体絶命だった。


 いや、勝手に住み着いていたのだと言い張ればまだ何とかなるか。

 だがそれはジュリに対する裏切りだ。赦してくれた恩を仇で返すことになる。



 ゼントだけなら庇う事など造作もない。だがユーラを第一に考えるなら話は別だ。

 仮に町を追い出されたとして彼女は一体どうなるのだ。


 一人で町に残るのは無理だ。どんなに説得しても無理やりついて来ようとするだろう。

 しかし二人で生きていくにも外では限界がある。


 二つの相反する境遇に挟まれ、結局ゼントは――



 ――階段を上りゆく三人の背中を止めることはなかった。


 見つかる危険を避けるよりも、その後の釈明の言葉を全力で探している。

 ジュリを見捨てたも同然だが、逆に他に良い案があったかどうか問いたい。

 選択はともかく、ゼントのその判断は正しいはずだ。そうでもなければ誰も彼を救えなくなる。


 ジュリに対しての再びの謝意と同時に、今は考える余裕もなかった。

 決して見捨てたわけでは無い。ユーラとの生活という、拾うべきものを見極めただけだ。

 そう一度決めてしまえば、罪悪感が霧散して現状をよく見通せるような気がした。



 ゼントはすぐにユーラの元に駆け寄る。彼女がゼントたち以外の人間を見れば怖がるだろうから。

 悲鳴は聞こえなかったが目を瞑り、予想通り蹲り怯えていた。

 背中を摩り落ち着かせようとすると、震えながらもゼントに懸命に呼びかけてくる。



「おにいちゃん、ゆーらはいいから、じゅりをはやくたすけてあげて!このままじゃ……」


 何となく、ユーラがそう言い出すだろうとゼントは予想していた。もちろんできることならそうしたい。

 だがその結果失うものはなんだ。それは想像するまでもなく、言葉では言い表せない光景だ。

 彼女が本当にそれを理解して望んでいるのか、もう確認を取る時間も残されていなかった。



「ユーラ、悪いがそれはできない。手を出せば俺とユーラは今後、離ればなれになるかもしれないんだ。それでもいいのか?」


「えっ、それは……!その……」


 その反応も予想できた。でないと彼女の行動原理が理解できない。

 だから、これは仕方がないことなのだ。

 躊躇いが起こる行動を拒んで、誰が咎められるのだろうか。


 それに、ジュリはこういった事態も理解していたはずだ。ならば尚更覚悟もしていただろう。

 流石にこうも早く来るとは思いもよらなかったが、二人の取りうる行動くらいは想定できる。



 何にせよもう遅い。二階には捜索の手が今まさに入ろうとしている。

 臭いや音の発生源を探られれば間違いなく見つかるはずだ。

 そして――その怒声が聞こえてきたのは三人が二階を覗いたち直後だった。



「――ん……!?お、おいッ!やっぱりいたぞ、こんなところに隠れていやがった!!」

「――壁の亀裂から外に逃げた!!俺たちはでかすぎて通れない!下に戻って速く追えッ!!」



 時間は大波のように容赦なく、あっけなく、無慈悲に押し寄せてきた。

 続けざまに放たれる咆哮のような声、それと同時にドタバタと振動が響いてくる。

 その間、ユーラもゼントも無意識に目を瞑り、耳を塞いだ。それでも声は突き抜けてくる。


 何が起こっていたのかは容易く想像できた。どうやらジュリはなんとか逃げ出したらしい。

 思えば彼女を最初に目にした時、二階から降りてきたとユーラが言っていた。

 つまり、壁か屋根かに侵入できる隙間があると言うこと。然らば抜け出すこともできるはずだ。



 上から慌ただしい脱兎の如き足音が聞こえてくる。

 続けてグリモス、バラスが目にも留まらぬ速さで玄関から外に飛び出していった。

 その様子をゼントとユーラはただ茫然と黙って見ている。


 最後にアモスがやれやれとため息を吐きながら、ゆっくり歩いて下ってきた。

 そしてゼントが居る方向へ明らかに歩み寄ってくる。声をかけてくるのは間違いない。


 ここまでは正直言って想定の内、問題なのはここからどのように話が進むのか。

 もし少しでも疑われるようなら、準備しなくてはならないことが山ほどあるのだから。

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