第147話『引換』

 



 ――翌日、ゼントは朝早くから協会へ行こうとしていた。

 しかしジュリへの説得がまだだ。安心は金があってもそう簡単には買えるものではない。

 だが話は延々と平行線のまま、最善な解決策も見出せそうになかった。



「ジュリ、これはお前の為でもあるんだ。カイロスは俺の知り合いの中で一番信用できる、亜人達にも最近支援していたからな。それにずっとここ居続けるのは、やっぱりどうしても見つかる可能性が出てくる。長期的な事を考えるのならば元居た場所に戻った方が良い。亜人の森に行けば少なくともここよりは安全なはずだ」


 考えつく限りの長所を根気強く説明し続ける。事実、ジュリがここに進んで留まる理由はないはずだった。

 しかし彼女は頷いてくれない。理解を示す素振りすらしないのだ。

 やはり絶対に離れたくない理由が他にもあるのか。


 ゼントとしてもカイロスに話を聞きたい。どう対応すれば判断を仰ぎたかった。

 彼ならばある程度勝手が分かっている。これ以上ないほどの助け舟となるだろう。



 話がどうしても進まずその訳も難解なので、ジュリに嘘を吐いてこっそり外に行こうともした。

 だが隙を突こうとしても何か察するものがあるのか。何度試してみても足にしがみ付かれて離れてくれなくなる。


 どうやらこちらの考えが全て筒抜けになっているよう。

 嘘を言っても当たり前のように見抜かれる。

 それはまるで、サラみたいな能力だった……




 結局、丸一日費やしても状況は進行せず。物理的に拒まれてしまってはどうしようもない。

 このまま外に出ないと食料の買い込みなどすぐに支障がではじめる。

 ユーラ的にはゼントの傍に居られるので機嫌が良かったのだが……


 諦めて、魔術具やサラについての話を改めて問うが特にこれといった進展はなく。

 想いを説いて懇願したり、交換条件として持ちかけみたり。しかし結果は変わらず首を縦に振らない。


 ここまで来ると教えたくないのではなく、どうしても教えられない事情があるのかと勘ぐってしまう。

 とにかくこれ以上追及されるのを嫌がっていた。悲しそうな表情から、悪意のない黙秘だとよく分かる。


 がしかし、ゼントとしては心が晴れず気が重いばかりで満たされない。

 加えて一日時間を無駄にしてしまったのではという焦りもあった。



 ◇◆◇◆




 その日の夕方、とうとう恐れていた事態が起こる。家に他の人が訪ねてきてしまった。

 最初に気が付いたのはジュリだった。獣人の身体能力は流石だ。大きな耳をピクリと動かし、壁の一点を見つめる。

 何事かと思って観察していたゼントも外の気配に気が付く。三人の足音が近づいてきていた。



「ユーラ、来た!速く!」


 三人はそれぞれ目を見合わせ、事前に手筈を整えていた通りに素早く行動する。

 ジュリは二階に隠れ息を殺す。ゼントとユーラは痕跡を隠滅してなるべく平然を装う。

 中の様子が漏れるので音を立てることは許されず、粛々かつ迅速に済ませなければならない。


 そして玄関の扉からノックが聞こえてくる。ゼントはその方向へ赴く

 ユーラには隣の部屋で夕餉を作っているふりをさせる。これで問題ないはずだった。

 開かれる重々しい扉、心臓と呼吸を整えるのに精いっぱい。



 外を覗くと見るとそこには……

 大男三人が取り囲むようにゼントを強い視線で見つめている。

 だがなんてことはない。彼らはサラとよく一緒に居た三人衆だ。


 グリモス、バラス、そしてアモス。

 どうやらサラと別れた後も一緒に行動するほど仲がいいらしい。

 むしろそれぞれが一人で目撃することの方が少ないと言っていいだろう。



「ようゼント、話すのは久しぶりだな。最近はどうだ、息災か?」


 出会って早々、渋い声で話しかけてきたのは「グリモス」という男。

 彼の人柄を一言で表すのなら驟雨という単語が良く似合うだろう。


 普段は無口で冷静、戦闘では常に周囲を把握し援護できる切れ者。

 ところが一度感情的になると短絡的に行動するようになり、さながら狂戦士のよう。

 頼りになる存在ではあるのだが、傍から見ていると恐ろしい存在でもある。



「何やら色々大変だったらしいじゃないか。俺たちも辛いことがあったからから同情するぜ!」


 ゼントが挨拶を返す前に横やりが入った。くぐもった声で飄々と語るのは「バラス」

 彼はどんな時でも明るく過酷な依頼でも雰囲気をほぐしてくれる。

 身長は三人の中で一番小さいが、戦闘では大剣を片手で振り回す猛烈な前衛職だ。


 強靭な魔獣たちの体を小枝のように切り伏せる。

 たまに獲物を深追いしすぎて迷子になるのが難点なのだが……



「俺たち全員最近にも会ったじゃないか。今日は話を聞きに来ただけだろ?」


 そう呆れて言うアモスの通り。実はサラの失踪について聞きまわった時にも面を合わせていた。

 あの時は煙たがれたものの、互いの思惑があるので仕方がない。

 ゼントが魔獣と対峙したという情報をカイロスから聞いて、当時の詳しい情報を確かめに来たのだ。



 彼らからは現時点の捜索状況など、有益な情報を教えてくれた。ここには捜索のついでに寄ったらしい。

 町はほとんど探しても魔獣は見つからず、今は町に隣接する森を隈なく探していること。

 現場の争った痕跡や、町中に残っていた二本だけの足跡から“亜人”の可能性も視野にある事。


 ゼントも代わりに情報を提供した。もちろん曖昧にぼかして。

 獣系とだけ伝えて、暗くてどんな姿だったのかは分からないと言った。

 まさか彼らも、今その探し物が家の二階にあるとは思ってもいないだろう。



 三人は会話の合間、好奇心から部屋を覗いてくるが、中までは入ってこようとしない。

 このまま、何事もなく隠し通せると思った。だが、よりによって去り際に事件は起こる。




「――そういえば……なんだかこの部屋の中から獣臭がしないか?」


「うん?っていうか、上の方から物音がしなかったか?」


 違和感をかぎ取って、立て続けに嫌な言葉を口ずさむグリモスとバラス。

 ゼントは顔面蒼白で目は大きく見開き、心臓が跳ね上がったのは言うまでもない。

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