第146話『間柄』
――それから、ジュリからの聞き取りはかなりの難航を極めた。
というのもやはり彼女は肯定か否定しかできないので、理由はどうしても当てずっぽうになる。
何故ゼントが外に出ることを阻止するのか。
なんとなくそれっぽい内容を繰り返し示しても彼女は頷かない。
提示しない限りは頷きようがないので、未知の可能性については探り得ない。
しまいにはとうとう回りくどさを嫌ったのか、自分で声を出して伝えようとする。
無論言葉は通じず、嫌な音が部屋の中に鋭く響き渡るだけ。
二人は耐え切れず耳を塞ぐ。申し訳なく思いつつも、誰も益が無い時間であることも事実。
試行錯誤の結果、得られた情報はかなり微細なもの。
どうやら、赤い悪魔が襲って来るかも知れないとひどく怯えているようだ。
自身の身を守るためにもゼントの近くに居たいらしい。
何度も何度も宥めた。時間を極力空けないし、ここに居れば大丈夫だと。
仮にもし部屋の中に現れても、全力でなら逃げ切れるとも伝えた。
だがそれでもジュリは納得してくれない。死に物狂いといった表情で拒絶される。
どうやらまだ他にも理由があるらしい。
もう窓の隙間からは木漏れ日ではなく、冷たい空気が押し寄せてきていた。
聞き出すのに時間が掛かり夜の帳がおりてきてしまったらしい。
どちらにせよ協会は既に閉まっている。
カイロスに会うためには彼の自宅まで押し掛けるしかないが、生憎場所までは分からない。向こうも何故か場所を教えてくれないのだ。仕方なく今回は諦め、ジュリと共に夜を越すことになった。
ユーラの手料理が楽しみな毎夜の食事。本日の献立は豪華に肉と野菜のスープだ。
彼女はいつもより張り切って作り始めた。新しい仲間が増えたと喜んでいたのだ。
だが、そこでもまた問題が起こってしまう。
当然ジュリにも食事を出すのだが、どのようなものが合っているのか分からない。
普段町で見かけた亜人たちは肉にしろ野菜にしろ、基本食材を生でかじりついていた。
人間達が調理して食べやすいようにした料理は彼らの舌に合わないのかもしれない。
そう思って干した肉を渡してみる。するとあまりいい顔をされない。
ユーラにも冷たいと注意されてしまった。
逆にどんなものがいいのか尋ねてみると、ゼントたちと同じ食事でいいらしい。
彼女は手が使えないので二人のどちらかが食べさせる必要があった。
そこまでは難なく解決したものの、実際匙で口に運んでやるとものすごく食べづらそうだった。
理由は明白。ジュリの口の形は肉食獣に近く人間とは構造が違う。
鋸のような歯も咀嚼と言うよりは獲物を噛み切り、丸呑みにするためにある。
故に何回もむせたり、時間が掛かりすぎたりして大変そうだった。
口の周りにも食事の汚れが何度も付いてしまっている。
それでもジュリは同じ食事を摂りたいという。一人違う食事は嫌なのだろう。
無理してまで帰属意識を持たなくてもいいのだと諭しても無駄だった。
根気強く口を動かし続ける彼女を見続けていたら、それ以上は何も言えなくなってしまう。
食べさせるのも面倒と言うわけでは無いが、毎回の手間を考えると補助具を用意した方が良さそうだ。
寝支度を済ませた後の就寝。毛布を敷いた床で寝ようと考えていた時。
ジュリは未だ警戒を解けないのか、ゼントのすぐ横に覇気なく寄ってくる。
そしてさも当たり前かのように隣に横たわった。
その光景を見たユーラが怪訝な顔をしたことは想像に難くない。
すぐに不満を口に出し悔しがりながらジュリに向かって注意する。
「――だめだよ、じゅり!おにいちゃんのとなりはゆーらだけのばしょなんだから!!」
「ユーラ、反対側なら空いているからそこまで叱らないでやってくれ」
「でも……!となりはゆーらだけのものだったのに……おにいちゃんもじゅりも、もうしらない!いいもん、ゆーらひとりでねるもん!!」
どうにもやりきれない様子。先程までは阿吽の呼吸だったのに、ジュリは不愛想にそっぽを向いた。
彼女ら二人は仲がいいのか悪いのか、どうにもよく分からなくなってくる。
普段の関係は良好でも、互いに譲れないものの前では豹変するらしい。
ゼントはユーラを宥める。これくらいならジュリに融通を利かせてもいいだろうと考えて。
しかし彼の対応が気に入らなかったのか、よせばいいのに毛布を持って部屋の反対側に行ってしまった。
呼び戻そうとしたが彼女の気が変わることは無く、今夜は一晩そこで過ごすようだ。
ゼントはジュリと二人きり、毛布にくるまって向かい合わせで眠ることになる。
ジュリに関しては毛皮があるので、床の上で直でも眠れる気がするがそうもいかないらしい。
ゼントは傍に居るジュリの体に無意識に手が伸びる。特に体毛が理出している部分に。
無論淫らな考えを想起しているわけでは無い。ただ安心させようと優しく撫でてあげようと思っただけだ。
いや、厳密にはあの触り心地が忘れられなくてもう一度味わいたくなっているのだ。
ジュリはその様子を正面から見つめていた。顔に感情は見えず、どんなことを思っているのか知ることもできない。
どうにも見かけのせいで対等な人間というよりは愛玩動物に思えてしまう。
向こうにも人となりの意志があるはずなのに。
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