第139話『罪罰』
――その後ゼントは剣を片付けて、縄で獣の手足を縛った。念入りに何重にも、絶対解けないほど強固に。
首にも縄をかけ、いつでも殺せるようにしたかったがユーラに拒絶される。
聞く限りはやけに大人しい印象らしいのだが、ゼント相手にはどうか分からない。
昨夜のことをはっきり覚えていて恨んでいるかもしれなかった。
でもユーラたっての希望で仕方なく胴体を縛り、体全体を部屋の隅の壁に固定するだけとなった。若干不安が残る。
未だに気絶状態が続いている獣。だが後は目覚めるのを待つばかり。
その間、ユーラから詳しい経緯を聞こうと思った。
彼女は縛られた獣に親身に近づき、体をやさしく心配そうに撫でている。ゼントとは応対がえらい違いだ。
そしてぽつりと呟いた。声からは並々ならぬ怒りがひしひしと伝わってきた。
「それにしても、このこのけがはほんとうにひどくて……いったいだれがこんなことしたんだろう……?」
その時ゼントの心臓はドキリとざわつく。まずい、昨日の出来事を彼女は知る由もない。
ほとんど無抵抗の相手に何度も暴行を加えたこと。もし、あれほどの非道をユーラが知ったらと思うと……
だが彼女に対して不誠実にはいられない。例え軽蔑した目で見られようとも、嘘を吐き続けて罪悪感を覚えるよりはましだった。
大した覚悟もできてなかったが、包み隠さず正直に話そうと思った。後で知られたら余計に苦しい思いをする。
恐る恐る後ろから声を掛け様子を窺った。盗人よりもこっそりと。
「ユーラ、その傷……実は俺が――」
「――ほらっ、みてよおにいちゃんここ!まえあしのゆびが、ねもとからぜんぶきりとられてる!」
怒りが抑えきれないのか声を荒げられる。ゼントは全身が震えその場でうろたえるが聞こえた言葉に一瞬更に動揺した。
指が……根本から全部切り取られている?
当然そんなことをした覚えはなかった。確かに惨殺しようと彼は考えたが、実行には移していない。
ユーラに強く涙ながらに見つめられ、ゆっくり覗き込むように首を動かす。
するとどうだろう。まるでユーラの言うとおりだった。
手の先の毛に包まれた中にそれはある。火傷跡のように赤く変色した、歪な表皮の断面が。
幸いにも傷口は塞がり蛆は湧いていないが、肉の組織は爛れて崩れ本来見えない中身が醜くむき出しになっている。
昨夜の時は暗くて細かいところまで確認していない。毛が傷を隠していて、今手首を縛った時にも気が付かなかった。
そして……先端を目撃したゼントは絶句することしかできなかった。
昨夜以前に何者かに痛めつけられたのだろうか、疑問は海のように広く深くなる。
指が無いのなら当然、物を掴むことはできない。獣は単なる魔獣ではなく亜人の可能性も蘇った。
いや、纏っているぼろの布は服を着ているのだと考えれば、亜人だと捉えた方が自然だ。
昨夜の状況で亜人だと見定めるのは極めて難しい。
指が全て切り取られたという状況も極めて気になる。
単なる加害者というわけではなさそうだ。
思えばずっと違和感は心の突っかかりとして残っていた。なめらかに二足歩行で歩いてきたり、意図が不明な声を出してきたり。
だが本当に亜人であるのなら会話もできるはずで、高い知能があるのならここへ来た理由が分からない。
改めて見てみても頭部の形状は魔獣により近い。突然変異した個体だという可能性も否定しきれなかった。
それにゼントは亜人だと知っていたところで同じ行動を取らなかったとも限らない。
なぜならサラの魔術具が他者の手に渡っている理由は説明できない。それを見て正気ではいられなかったのだから。
もし意思疎通ができるのならば、追々その辺りも解明していかなければならない。サラの居場所と、何があったのか特定するためにも……
「それにくちとおなかにもきずが!!ほんとうにこんなことするなんてしんじられない!」
ゼントが思い耽っていると再び声を荒げるユーラ。
今言い出すと指の件も疑われてしまいそうだ。
口に出す時機を見計らい損ねてしまった。
それもそうだが気になることができる。
今はそちらを優先したくなった。
「ユーラ、こいつが現れた時の状況と今まで何をしていたのか、俺に詳しく教えてくれないか?」
「えっ、う、うん。なんでもきいて!」
疑問は様々で頭の中で入り乱れている。なのに獣は気絶したまま。
都合がいいので起きるまでの間、思考整理がてらユーラから話を聞くことにした。
向こうも説得の為なら話す気満々なので事細かに尋ねてみることになる。
――彼女の話を端的に纏めるとこうだ。
まずゼントが家を空けて、ユーラが一人留守番をしていると天井から物音がする。
上が気になって二階に続く階段の方に見に行くと、ちょうど上から獣が歩いておりてくるところだった。
その際に子どものような感性故か、なんとなく危険な存在ではないと感じたらしい。
ゆっくり近づくと怯えているようで、でも目を瞑ってその場に留まった。
恐る恐る撫でてみるとその余りある愛らしさに心惹かれ、仲良しになる。
同時に全身にある傷が気になって可哀想に思ったらしい。
何度も声を掛ける内に獣が言葉を理解していることに気が付き、質問を重ねていくとここに住みたいと頷いたのだとか。
そしてゼントの帰りを待ち、何とか家で住めるように説得して安全も保障すると約束した。
その後は、全ては見てきた通り。
――話を聞いて疑問は氷解するどころか深まるばかり。
中でも著しいのは、昨夜自分があれだけのことをしたのにここへ来たこと。
例え雨で臭いが薄れていても家にゼントがいることは獣の鼻で分かるはず。
あとは本人から直接聞くしかあるまい。ちょうど当事者が目を覚ましたようだ。
まるで寝起きのように間の抜けた声が部屋の隅から聞こえてくる。
これ以上寝ているようなら水を掛けるなり、気付けをしたりするつもりだった。
ユーラには申し訳なく思いつつも、ゼントはこの獣に優しく接するつもりはまだない。
あくまで情報を聞き出したいだけだ。そしてやはり罪があるなら相応に罰するつもりでもある。
どちらにせよこの怪我のままでは命は長くない。
誰かが救いの手を差し伸べでもしない限りは。
だがもし己に咎があるのだとすれば、
喜んでゼントはその誰かになるだろう。
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