第135話『必然』
「――ねえゼント、昨日言ったあの石の件どうなった?どうにかなりそうかな?」
ユーラの待つ家まであと少し、ここからまっすぐ進めばいいというところ。
ライラにしては珍しく眉毛が下がり、冴えない顔をしている。
その件は昨日の今日だというのに、待ちきれなくなって強請る子供のようだった。
こんなに早く確認しに来るとは、貰った時に飛んで喜んでいただけのことはある。
だが生憎、ゼントには現状石を手に入れる術がなかった。どんな物かもよく分かっていない。
仕方なく曖昧な返事で誤魔化すことになった。それでも誠意ははっきりと伝えながら。
「あ……ごめん。ちょっと忙しかったものだからまだ手を回す余裕すら無くて……」
「うん分かってる、私の不注意で壊しちゃったのがいけないんだから。分かってはいるんだけど、どうしても早めにしてほしい気持ちもあって……」
落ち度を申し訳なさそうに語りながらも、自らの欲求を簡単には諦めきれないらしい。
今まで培ってきた表象を崩してまで懇願する姿からは、強く穿つような想いが垣間見える。
繰り返しにはなるが、ゼントはその願いを叶えてやることができない。サラが居ればまた違った結果になっただろう。
だからライラのその願いの為にも、借りを作ることはよく理解した上で思い切ってお願いをしてみた。
頭を深く下げ、
「だったら俺は今行方知れずになったサラの捜索を優先しているんだ。もし良ければお前に手伝ってほしい。そうすればお前の願いを早く叶えられるかもしれない」
「……そんなことをする必要は無い。手紙を見たでしょ、どうあってもと本人が望んだことだよ」
それはつまり、サラ書置きを残してまで行方を眩ましたのだから、自らが死ぬことも想定の内だという意味だ。
そんなことゼントは百も承知だ。死んでいる可能性の方が圧倒的だと言うことを。
諦めきれないから頼み込んでいるのに、どこまでも突き放すような態度で感情すらない。
「でも……もしかしたらまだ生きていて、どこかで助けを求めているかもしれない。だから……!!」
「……ゼント、よく聞いてほしいことがあるの」
ゼントは分かったうえで不満を垂れ流した。一生のお願いだとばかりに。
すると聞き入れてくれる気になったのか、物憂げにため息らしきものを吐く。
だが、口から洩れる呆れた声で内容を悟ってしまった。
「――今のゼントは明らかにおかしい。お願いだから少し冷静になってよく考えてみてほしい」
続けざまに彼女の口から出る言葉は、ゼントに少なからず苛立ちを齎す。
おかしいから冷静に――冷淡な白い目をして馬鹿にされているような気分になった。
「……相分かった、要は俺に協力できないってことだな。だったらもういい」
だから静かに怒りを込めて言葉を返す。残念で仕方ないという思いも込めて。
すぐにその場から立ち去ろうとした。自分がおかしくて、冷静ではないという自覚もあったから。
歩き始めた直後から、嫌になるほどの愚痴が心に溢れ出てきた。
自分がおかしいだと?そんなことは十二分に理解している。でも、それでもだ。そんなあっさりと気持ちを放棄出来たらどれほど楽だったことか。
思えば先程のカイロスも不思議に思っていたのかもしれない。なぜこれほどまでサラを気に掛けているのかと。
理由は至極簡単。それだけの想いをゼントが持っていたから。
冒険者だった最初期の頃、自分には実力も才能の欠片すらもないと絶望していた時。
人生すらも諦めかけている自分を救ってくれたのは、誰でもないサラだ。
おせっかいだと思ったこともあるが、何度も何度も励ましの言葉をくれて勇気づけてくれた。
時には助言や知識を授けてくれて、そのおかげで冒険者としてほんの少し前進できたことがある。
自分自身へ向けられる嫌気や締め付けが薄まり、どれほど気持ちが楽になったことか。
疎遠な時期も確かにあったが、彼女は常に気にかけてくれていたのだろう。
その恩を簡単に手放すことなどできない。このまま一生の別れなど、あってたまるものか。
だから時間が掛かっても、手遅れだったとしても絶対に見つけ出す。
周りから理解されなくても、本人からも煙たがられてでもいい。
――それが今ゼントの一番やりたい事なのだから、一縷の望みくらいかけてもいいだろう。
何が正しいことなのか分からなかった。もしかしたら自分が間違っているのかもしれない。
でも初めて心の底から行動しなければと感じてしまい、例え愚かだとしても自分の感情に素直にならざるを得なかった。
結果がどうなるのかは誰も知らない。先が見えない以上、誰も彼を批判できない。
「――私は、手伝えはしないけど役に立つ物ならあげられるよ」
空気を振り切り歩いていると後ろから追いかけてきたのか、ライラが気になる言葉を掛けてきた。
あれほど反対していた割には、突如人が変わったような声の柔らかさがある。
振り返るや否や手を握られ、とある物を中に押し付けられた。
確認してみるとそれは片手で握って隠せてしまう程の小さな袋。
“誰”に対して役に立つ物なのか、ライラはあえて口にしていない。
口元には嘲ける笑みを浮かべているが、ゼントはその意味がよく分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます