第134話『差別』

 



 ――その日、魔獣が町に出没したという出来事は、夜が訪れる前に町の誰もがしるところとなる。


 一部では不安を駆り立てられた住民により大騒ぎにもなった。

 カイロスもかなり配慮して説明したのだろうが、こればっかりは混乱があって然るべきだ。


 大通りには殺気だった冒険者や自警団など、重厚なる面々がすぐに巡警を始めた。しかしそれだけ異常事態だと言うこと。

 町の周囲の警戒網にも不備が無かったのか見直しが行われた。場合によっては担当した者が咎められることもあるだろう。



 同時に冒険者サラの持ち物が見つかったことと、捜索懸賞が大きく掲示板に張り出された。

 それも皆に大きな衝撃を与えた事だろう。彼女も町では実力で一目置かれていたから。

 本人が発見されずとも手掛かりが掴めれば、ゼントは御の字だろう。


 一方、当の彼はサラの行方について知っている人を広間で探していた。

 だが誰もが知らないと口裏を合わせた様に言う。町の出入り口を夜通しも見張る門番すらも。

 本当に誰にも知らせずに、サラはこの町を去ったようだ。



 最後に彼女とよく一緒に居た大男三人衆にも所在を訪ねて質問してみた。

 だが結果は同じ、それどころかゼントの顔を見て露骨に怪訝な表情をされる始末。


 仕方がない、と今日のところは諦めてユーラのところに帰ろうとしたその時。

 通りを歩いていると後ろから声を掛ける男の声があった。



「――おーい、ゼントー!」


 振り返ると、今しがた聞き込みを終えた大男三人衆が内の一人、通りを走りながら追いかけてきていた。

 いやそれだけの紹介では失礼になるか。「アモス」がだ。

 三人の中で一番気が小さく、一番ゼントと性格が合う人物だった。



「どうかしましたか?」


 流石のゼントも目上相手だと、驚くほど口調が大人しくなる。

 アモスはすぐ目の前までたどり着くと、息を切らしながら不満を語った。



「いいか、少なくとも俺たちの前で姉御の事を聞くのは頼むからやめてくれ。俺はまだいいけど、他の二人の機嫌が目に見えて悪くなる。特にお前相手だとな」


「それはなぜ?パーティー解散したらしいけど、関係が?」



「姉御はたまに、理由も知らせずに俺たちをこき使うことがあるんでさぁ。もちろん下心があったことも認めるけど、俺たちには冷たくて要求も一切聞き入れてくれない。それよりもゼント、お前にばかり執心していたんだ。何か理由があるならまだしも……とにかく、やっていけなくなって三人からお別れを言い出したんだな」


 少し特徴のある訛り方と弱々しくも快活とした声。見た目とは裏腹、温厚な性格に親近感を覚える人も多いかもしれない。

 ゼントはサラの意外な一面を初めて知った。自分にはあんなに親身に尽くしてくれていたのに、仲間には冷たい態度を取っていたのだと。

 人には悪い側面もあって当然なのだが、そんなに差があるとは思ってもみなかった。



「じゃあもしかして旅に出たのは、それで悩んだのが理由とか?」


「いいや、憶測だけど多分違うね。別れた直後の姉御の顔は、こっちも気分が良くなるくらい清々しかった。まあ旅に出て襲われたのだとしても、自己責任というか……」



「そんなあっさり……?もう二度と会えないかもしれないのに……」


「俺らは三人ともきっぱり諦めたんだ!どっちにしろ向こうも遊び半分で誘って来たんは確実だからな。これ以上未練がましくしても、何もいいことないってわかったんだな!」


 ゼントは感情を交えて質問を重ねた。アモスが言うには、話す機会など今後はないかもしれないから。

 だが彼は怒りが体中に回りきって弾け飛んだみたいで、その瞳には未練の一切が残っていなかった。

 これでは捜索への協力は難しいだろう。諦めて元の行動に戻ろうとした。



「そうなのか……まあ、こっちはこっちで頑張ってみます」


「ああそうだ。さっき聞いたんだが、亜人だか魔獣だかが町に出たらしいな。俺たちも探しているんだ。どちらにせよ見つけたらすぐに教えてくれよな!」



「それはもちろん……!」


 愛想よく返事を返すだけにとどまった。変な言動をとると面倒なことになるからだ。

 アモスは以前からずっと亜人を強く嫌っている一人。温和な性格は人間相手にだけだ。

 彼も以前からずっと亜人を町から追い出したいと考えていた。それゆえにサラとも多少は気が合ったのかもしれない。



 背筋が凍り付き、顔も引きつらせながらも手を振って別れる。今この町で亜人を見たら容赦はしないだろう。

 敵に回すと問答無用で厄介極まりないが、会話相手が人間である限りアモスは怒りの片鱗すら見せないはずだ。

 でも、有益な情報が手に入ったことも事実。サラのその後の行動が分かればゼントも良かったのだが……


 とりあえず今度こそ家に向かって少し早めに歩き始めた。

 ユーラにすぐ戻ると言った手前、これ以上時間を掛けると余計な心配をさせてしまう。

 だが急いでいる時に限って障害は入り組むものだ。



「――ねえゼント、ちょっといい?」


「うおっ!?」


 大通りから離れ少し小さな路地に入った瞬間にその声の主は来た。

 不意に服の裾を強く掴まれ驚きの声を上げる。振り返るとそこには……



「――昨日言ったあの石の件どうなった?どうにかなりそうかな?」



 体を小刻みに揺らし、落ち着きのない子どものように指先を這わせるライラの姿がある。

 ゼントが家にたどり着くためにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

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