第133話『連鎖』

 



 ――命を刈り取れると思っていた直前まで粋がっていたのになんて様だ。

 気味悪い笑みを浮かべていた自覚があり、含羞の極地とでもいうのだろうか。

 結局、己とは詰めが甘くこの程度の弱者なのだと知らしめられた気分でもある。


 日が昇り、開いた協会へ急ぎ向かいながらゼントは悲しくも悔しくも思った。

 魔獣が町の何処かに潜んでいる。本来であればカイロスらを叩き起こすべき案件ではあるが……

 予想外の事が沢山起こり、頭がそこまで回らなかった。


 できることなら自分で仇を討ちたい。だがこのままだと町の人間に被害が出るかもしれない。

 事を仕損じたのは自分であって全ては己の責任。贅沢を言う資格はないのだ。



 ユーラには玄関や窓を開けるなと再三にわたり警告しておいた。

 でも流石に魔獣が動けるようにはまだ回復していない。それに動くのなら復讐心からまず自分へ先に手が迫るはずだ。

 いつ遭遇してもいいように、町中でも常に剣を携えている。



 懸念があるとすればもう一つ。それは、魔獣の姿から垣間見えた不可解な点。

 明らかに普通の生き物ではなかった。手足を見るに四足獣かと思ったが、初め直立していて二本足で歩行して迫ってきた。

 これだけ聞くとまるで亜人のようだが、人型に近しい姿かたちをしているだけで魔獣の特の方が圧倒的に多い。


 懸念点はもう一つ。奴は何故、体に布を纏っていたのだろうか?

 当然だが魔獣は服など着ない。獣人なら全裸で過ごす者もいるが町中には居ない。服ももう少し上等だ。

 もしや知能が高く進化した個体だったのかもしれない。


 何かが思考に引っかかって不安が絶えなかった。まるで、取り返しのつかない事を仕出かしたように。

 仮にもし亜人だったとしても、奴はサラの魔術具を持っていた。その事実に正当な理由などあるわけがない。

 それだけで、叩きのめすには十分すぎる証拠。会話ができるならまだしも、言語的にも話が通じる相手ではなかった。


 だから夜中にとった行動は間違いではないはずだ。人間なら誰しもが同じ行動を取るだろう。

 そう信じ、自分に言い聞かせることが不安を取り除く安易な手段だった。

 そして、敵討ち果たすまでは涙を呑んで必要な行動だけに徹しようと決心していた。




 ともかくゼントは業務が始まったばかりの協会へ向かう。

 カイロスに事の経緯を伝え、周囲に警鐘を鳴らしてもらうのだ。


 自分だけでは限界がある。言っても聞き入れてはくれないだろう。

 ユーラが赤い悪魔に襲われた時、皆が半信半疑だったのが根拠だ。

 町での悪評もだいぶ薄まってきた。とはいえ、その後に矛盾した行動もあって、奇を衒った行動だと思われている。



 建物内に入ると朝一番で人はそれほど多くない。だから図体のでかい彼はすぐに見つかった。

 手招きして深刻な話がある、と耳打ちするとすぐに応接室に通される。

 何故か当然のようにセイラも部屋の中に付いてきた。


 そしてそこで、夜にあった出来事の全て、魔獣がサラの魔術具を持っていた事などを全て話す。

 もちろん、謎の光が原因でとどめを刺せず逃がしてしまったことも……

 カイロスは終始俯き、考え込むように聞いている。直後、沈黙を得てようやく口を開く。



「――ゼント、それは悪戯じゃあ済まされねぇ。全て真実なんだよな?お前の事を疑うわけじゃねえが、それにしても分からないことが多すぎて……」


 支部長からすらも言われる始末、どれほど堕ちた信頼を持っているのかよく理解できる。

 だがゼントも引き下がるわけにはいかない。周りに被害が及ぶ可能性があるのなら尚更。

 全て信じさせる事は無理でも、しかし一部だけなら可能だ。ゼントはそれを証明できる物的証拠がある。



 ゼントはコートの内側に隠してあったそれを見せる。丁寧に巻かれていた布を解き、姿を三人の前に表す。

 誰かれ構わず見せることは憚られた。魔術具は国に売るだけで大金持ちになれるからだ。


 世界に一つだけしかない短杖、魔術具。見た目だけなら戦棍の方が近いが、決して殴打用の武器ではない。

 ついぞ秘められた力を見る事は叶わなかったが、これだけでも取り戻せた甲斐がある品だ。


 見た瞬間、カイロスの目の色が変わった。半信半疑から真実の一端を捉えたものだ。

 だが同時に彼にしては珍しく、叫ぶような怒鳴り声を上げた。



「――ゼント、速く隠せ!それは間違っても俺ら以外には絶対見せるな!!」


「それくらい分かってる。欲しがる人間は山ほど……」



「違う、それだけじゃない!まだ犯人が確定していない今、お前がサラから奪ったものだと思われるかもしれない!」


 尖った岩のように険しく剣幕を伴った顔、眉は左右を隔たり眉間にしわが寄る。

 ゼントも言ったように不文律だと理解はしていた。だが、どうやら認識がかなり甘かったようだ。

 見せるだけでそんな風に思われるなんて考えてみていなかった。唖然としながらも急いで布に掛け、再び懐に戻す。



「わ、分かった……」


「……で、どうすんだ?魔獣についてはこちらで緊急依頼を出してみる。サラについては……」


 おそらくもう手遅れだ、と言いたいのだろう。そんな事はゼントも承知だ。

 しかもどこら辺に居るのか絞る手段もないときた。積極的な捜索は金でも積まない限り行われないだろう。

 だが簡単に諦め切れることでもない。だから最悪の想定もしつつ。はっきりとこう告げた。



「生死は問わず懸賞を掛ける。報酬は俺が払うから各地に依頼を出してくれ」


「払う金額は最低でもまるで安くないが、本当にいいのか?そもそもお前にそんな金ないだろう。家に居る彼女との暮らしもあるだろうに」



「大前提だが発見は絶望的で見つかるとも限らない。それに報酬は後払いだ、現状は一応何とかなる。払えなくても少しずつ働いて返していけばいいさ」


「了解した。じゃあ俺はすぐ行動に移る。だが敵もまだ回復しきっていないのなら、そこまで急ぐことはないだろう。もしよければ魔術具も協会で安全に預かっておくがどうだ?」



「いや、できれば手元に持っていたい。誰にも漏れてないならこれは俺が預かっていても大丈夫なはずだ」


「そうか……くれぐれも気を付けろよな」


 唯一の彼女の、形見になるかもしれない物。誰にも渡さず自分で持っていたかった。

 カイロスはあらゆる心配の声を掛けてくれたが、ゼントの目を見て引き下がる。

 精々できることは金をエサにした人海戦術、後は祈ることのみだ。


 例え居場所を知られたくないと本人が言っていたとしても、生きているのだとしても、

 これほど大事なものを手放していたとあれば心配くらいしてもいい。

 少なくとも協会も気にはかけてはくれるだろう。



 一先ず話の内容は煮詰まった。落ち着いたので部屋を後にしようとするゼント。

 そしてまたしても彼女――セイラは近づいてきた。そして部屋を出てすぐで耳元で艶やかに囁く。



「ゼント、必要なら渡した例のアレを遠慮なく使ってね。その為のものでもあるんだから……」


 カイロスは既に業務に戻っている。一瞬だけの空間にいばらの手が絡まろうとしまっていた。

 もし棘が体に食い込んだら、痛みと共に永遠に離れられないだろう。



「いや、心配には及ばない。何とか捻出して見せるから」


 だがゼントは迫る手を華麗に躱す。軽く手を振りながらその場を後にした。

 まだあの金に手を付ける気にはなれないようだ。彼の性格を考えればそれも当然かもしれない。


 だが……離れて行く黒い後ろ姿を見て、セイラの顔が歪んでいたのは想像に難くない。

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