第128話『心算』

 



 ――告げられた内容が上手く理解できず、ゼントはその場で立ち尽くした。


 でも手足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちそうになる。

 それを制しくれたのは誰でもなく、彼の近くにセイラだ。



「ゼント、うなだれている時ではないわ。まずは協会に行きましょう、そこで詳しい内容が分かるから」


「あ……ああ、そうする……」


 失踪――その単語が頭に縛り付いていて、小動物のように力ない声しか出なかった。

 しかしゼントは自分の考えの誤謬に気が付き、すぐに持ち直す。

 とりあえず話を聞いて判断してみようと思った。


 失踪、つまり行方が分からないこと。でも冒険者が数日姿を見ない事なんて、日常茶飯事の範囲だ。

 それに手紙を残したと言うことは、自らの意志で姿をくらましたと言うこと。

 事件性も限りなく低い。少なくとも生きてはいる。探せば普段通り会える、と。



「さあ、一緒に行きましょう」


 セイラは再び前に歩き始めると、後ろのゼントに手を伸ばしてきた。

 自然とその手を取る。状況に背中を押されて流されてしまったのかもしれない。

 ようやく彼女の口元はにやりと笑みを浮かべた。





 だがしかし、協会に着いたゼントは思い直した絶望に再び叩きのめされる。

 なぜ自分がわざわざ呼び出されたのか、昨日会ったばかりなのに失踪扱いなのか。

 サラからの手紙の内容を聞かされて、ようやく事の重大さが分かった。



『ごめんなさいゼント、突然ですが私はこの町を出て行くことにしました。昨夜の内に遠くに移動したので二度と会うこともないでしょう。これは自分一人で決めた事です。後を追ってきたり探したりはしないでください』



 応接室で淡々と読み上げられる残酷な事実。続けて厳粛に手紙を手渡される。

 もう二度と会えない。それを椅子に座って受動的に眺めていた。事態を呑み込めず他人事のように聞き入っている。

 ほとんど放心状態で、どう気持ちを整理したらよいのか分からなかった。


 文字の読めないゼントは何が書かれているのかは理解できない。

 それでも手書きの文字が丁寧であることは分かる。最近にも彼女の手紙を見たことがあったから。



 心にぽっかりと大きな穴が開いた気分だった。奇しくも半年前のあの日の感覚とひどく似ている。

 サラは協会に入った時からずっと面倒を見てくれた。恋人とは違い、喜びも悲しみも屈託なく分かち合える存在、恩師と言ってもいい。

 そして、人生のどん底に落ちていた時も見放さず気遣ってくれた者の一人。


 これから少しずつでも恩を返していこうと思ったのに、

 先日のお願いを聞くという約束すらも出来ていないのに。

 全てが無になり、叶わなくなってしまった。



 頭の芯から手足の先に掛けて、締め付けられるような鈍い痛みが湧いてきた。咄嗟に回らない思考で原因を探ろうとする。

 無論、表面的な理由は分かり切っている。サラにもう会えないのだと告げられたから。

 しかしなぜそのような考えに至ったのか。その根幹が自身でも理解できなかった。


 別にサラは死んだわけじゃない。居場所が分からなくなっただけで、この大陸の何処かで生きているのだろう。

 何かしらの事情があるのか居場所を知られたくないようだが、二度と会えないと決まったわけでもない。


 夜を跨いだだけなのに、でたらめだ。そして異様……

 あまりに唐突過ぎる余儀のない別れと、それによる虚無感は計り知れない。

 唯一と言ってもいい頼れる人物の喪失、生きる僅かな希望をすり減らすには十分すぎた。




「――それでゼント、何故こうなった理由を知っているんじゃないか?」


 正面、セイラの横で重々しく座るカイロスが手を組み落ち着いて尋ねてきた。

 表情は真剣そのもの、目尻は鋭く威圧すらも感じる。


 問い詰められた?まさか自分が関与を疑われているのか。

 そう少なからず感じたゼントは慌てて強く、感情的に否定した。



「い、いや、知らない!つい昨日まで普通に会話していたはずなのに……!」


「そうなのか……また優秀な冒険者がこの町を去ってしまったのか……」


 無論だが、カイロスは誰かを疑ってなどいない。ただ重々しく事態を受け止めているだけだ。

 しかしゼントは青ざめた表情で激しく答える。その顔に冷静さはなく、狼狽が神経を支配していた。



「他に手掛かりとかはないのか!?足取りとか、俺以外に向けた手紙とか!」


「うーん……手掛かりかは分からんが、実は昨日サラのパーティーは解散したんだ。なんでも互いにやり方が合わなかったらしくてな。ひょっとしてそれなのか?」


 サラのところのパーティーが解散?

 ゼントはその返ってきた発言すら素直に受け取れなかった。

 そんなことはありえないと考えていたからだ。


 三人の男がサラに気が合ったのは知っている。

 確かに傍に集っている理由は不純なものだが、それ故簡単には離れない。

 余程期待外れなことでもなければ……


 まさか、自分が彼女と一緒に依頼を受けたからそれが原因で離れて、

 この町に居づらくなって、それで……

 そうだとしたら自分にも少なくない非がある。



 そう一回思い込んでしまうと穴だらけの理屈にもかかわらず、ゼントの体は激しく硬直した。

 彼はどこまでも四角四面な青年なのだ。

 その熱を発した頭は褪めることなく、居てもたってもいられなくなった。



「あっ、そういえば今朝分かった事実だから、彼女の自宅はまだ調べてなかったな。まあどうせもぬけの殻だろうけど」


「じゃあ、ちょっと俺が様子を見てくるよ!」


 誰の意見も聞く事はなく、ゼントは立ち上がるとすぐさま出口へと向かった。

 後ろからカイロスの声がするが、そんなもので止まれる思考はしていない。



「おい待て、ゼント!……行っちゃったか。まあとにかくだ。そういうことでセイラは周囲に聞き込みを頼む………あれ、セイラ?」


 呼びかけてみるがいつも返ってくる面倒くさそうな声が無い。

 応接室を見渡すも先程まで居た彼女の姿はどこにも見られなかった。



「はぁ……最近ずっと不可解な事が続いていて、なんだかきな臭いな」


 ため息と共にカイロスは部屋で寂しく呟くが、本当に不可解なのは今までも、そしてこれからも数え切れないほどあった。


 ……全ては彼女がこの町に現れてからだ。

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