第127話『淡々』

 



「――お取込み中失礼するわ。ゼント居る?」



 それは朝食を作り終えて机の上に並べた直後の出来事だった。

 声の主はノックもなく、唐突に玄関に取り付けた扉を開けると遠慮なしに声を発する。

 そしてついには家の中に入ってきて、二人居る部屋へと顔を見せた。



「――きゃっ!!」


 その人物の姿を見た直後、ユーラは短い悲鳴を上げ毛布から出していた顔を勢いよく引っ込める。

 きっと彼女には呪いともいえる現象で、人間が怪物に見えるのだろう。

 慌ててその人物の片を持ち、両手で制しながら耳打ちする。



「――セイラ悪いが外で話そう。ここだとユーラが怯えてしまう」


「あ、ごめんなさい。知らなかったわけじゃないんだけど、つい癖で……」


 弁明もまだ途中、しかしゼントは無理やり背中を押して追い出す。

 彼女には申し訳ないが、一刻も早く不安材料を取り除きたい。



 足早にセイラと二人、外に出ると雨はもうやんで雲の隙間から晴れ間が見えている。

 彼女は来ていた雨具のフードを外すと、ぎゅっと目を瞑り気持ちよさそうに背伸びをした。

 空の色に映えた銀髪、端正な美しさの中にもまだあどけなさが残っている。

 つい昨日も会ったばかりだが一体何の用だろうか。



「こんな時に限って雨なんて本当についてない」


「それはまあ、大変だったな……」



「それにしてもこの家は見違えたわね。前は人も近寄らない廃墟で、かなり荒れていたところと比べると違いは歴然だわ!」


「ありがとう。それでなぜここに、でも多分協会関連の用なんだろ?」


 正直言ってセイラと世間話をしている気分ではなかった。

 早く用件を聞いてやるべきことを済ませたい。



「それ……私は仕事一筋の人間で、ここには個人的な用事で来ちゃダメみたいな言い方ね」


「いや、そうゆう意味で言ったわけじゃ……」


 鋭い眼差しで笑いながら、小悪魔のように疑問を投げかける。

 不意を突かれどぎまぎしながら、気まずそうにゼントは答えた。



「冗談よ、ひとまず今日はあなたの予想通り、協会に呼び出しがかかってるわ。ゼントに確認したいことがあるの。とりあえず今一緒に来て」


「まあ、すぐに終わるのなら……」


 極めて真面目な声色に戻るとようやくセイラは要件を話した。

 予想と反して内容は簡単なので迷いはありながらも二つ返事のように了承する。

 竜の調査に進展があったのだろうか。あるいは赤い悪魔か。


 でも少なくとも協会ならサラがいる。今抱えている悩みを彼女なら解決できるはずだ。

 早速家の中に居るユーラに説明していこうと思ったら――


 玄関の扉を開けてすぐのところに彼女は居た。

 そして話の内容を聞いていたのか、睨め付けるように不満を述べる。



「おにいちゃんはどうせ、ゆーらよりしごとがだいじなんでしょ?」


 その言葉にゼントはなんとなく、自分が信頼されていないように感じた。

 当然だ。引き取る前、それだけの仕打ちをしたのだから。

 でも自身で決めたことだ。認められるように努力はするべきだと想いを込めたのだ。



「そんなことは絶対ない!今日もすぐ戻るように全力を尽くすから!」


「いいよ、ゆーらのことはきにしないで、どうせ……」


 感情に身を任せて説得したが、やはり返ってきたのは心無い言葉だった。

 でもこれ以上の反論は許されない。全部自分の行動が原因だとつくづく感じたから。



「ごめん、でもお兄ちゃんは誰よりもユーラの事を想っているから!」


 堪らずそれだけ言葉を残してゼントは扉を閉める。言動の不一致、これでは信頼もあったものじゃない。

 考えうる中で最悪の選択をしたのだと、頭でよくよく理解はしている。

 でも他に彼女の為にできることがどうしても思い浮かばなかった。

 軒下に置いた黒い上着を急いで羽織り、セイラと共に逃げるように協会に向かう。




 独り取り残された部屋でユーラは落胆する。

 毛布の寝床に戻ると悲し気に呟いた。


「なんで……あいしてるっていってくれたのに……じゅんびもできているのに、おにいちゃんは、ゆーらをもとめてくれないの?ゆーらはやっぱりいらないそんざいなの?くらくてせまいにへやに、ひとりでのこっていたほうがよかったのかな……?」


 心地よい記憶だけが先走って、

 肝心の気持ちは置き去りに……



 ◇◆◇◆




「――あなたもあの子のお守りは大変そうね」


「いや、ユーラの方がもっとつらく大変なはずなんだ。俺は助けられてばかりで何もやれてない」


 ゼントとセイラ、二人で協会に向かう途中もなお会話は続く。

 曇った天気の中、足取りも会話の内容も軽やかとは言えずゆっくりと、



「そういえば預けたお金は使ってる?必要な物を揃えたりと何かと入り用でしょ?」


「いや、人から預けられた物を使えるわけない。家の奥深くに隠してあるよ」



「あらそう、もっと気軽に使ってくれていいのに」


「いや、流石にそれは……」


 遠慮気味にだが歯を見せておもしろおかしく笑うセイラ、

 ゼントはその理由が分からなかったが、つられて苦笑いした。




「――ところで協会からの呼び出しって、結局何なんだ?緊急の用件っていうわけじゃないみたいだけど」


 ほんの軽い気持ちで聞いてみた。

 世間話なんかよりも呼び出しの理由を知りたい。



 その途端、セイラは歩みを止めて二人の朗らかな空気が速やかに停止する。

 たった今まであったはずの柔らかい笑顔が突然、血の気が引いたように消えた。

 最近不本意ながら何度も味わった空気で、急に悪寒と嫌な予感が頭を過る。


 何かの悪い冗談だと思った。だが振り返った彼女の眼は真剣そのもの。

 思わず目は見開き、口はゆっくりと大きく開いていく。

 手の甲を体の正面で重ね、まるで今までの会話は茶番だったとでも言うように、極めて深刻な態度告げた。



「冒険者サラは失踪しました。あなた宛ての手紙を残してね……」


「――へっ?」



 ――刹那、ゼントの中で時間が止まった。

 空気の震えが消えて、呼吸すらも忘れて、その突飛な事態を飲み込めずに、唖然と全身は脱力して、

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