第123話『必罰』
――その後、眠りから目覚めてようやく落ち着いたユーラと何があったのか聞き取りをする。
初めは全てを無かった事にし、元通りの穏当な日常に戻ろうとしていた。
でもそれこそ目を背けているだけで、甘えて逃げてしまっているような気もしている。
何が正しいのか。何が一番彼女の為になるのか。回答の無い問いにため息ばかりで決められず。
どうしようかと悩んだ挙句、起き上がったユーラからは包み隠さず明かしてくれた。
独り雨の対策を進めていると、後ろから恐る恐る声を掛けられる。
そして彼はまた結局、自身では何も決められずに流されてしまっていた。
「……それで、さっきは何をしていたの?」
「おにいちゃん、さいきんはおそとにでてばっかで、ゆーらにかまってくれないからさびしくて、ちかくにかんじたくて、それで……」
涙ながら口から出る素直で含羞の言葉を聞くに、彼女の中でずっと葛藤があったようだ。
もっと兄に甘えたい、もっと一緒に居てほしい、などの我儘。
しかし、それは同時に多大な迷惑を掛ける事になる。それがとてつもなく嫌だったらしい。
「それは……気づけない俺が悪かった。でも何度も言っているだろう?例え多少無茶なことを言っても、ユーラの事を嫌ったりしないって」
「そうじゃないの。おにいちゃんはずっとゆーらのためにしてくれるのに、これいじょうわがままでこまらせたくないの!」
硬い床に正座をして反省の色は十分見られる。害が出たわけでもないので咎める必要は無い。
だがどうやらゼントの説得の言葉は意向に沿えなかったようだった。反発で余計に興奮させてしまう。
昼間のユーラがしていた行動、そして夜に体を這いまわっていたのも、気を使わせるのが申し訳なくて秘密裏にやってしまった行為らしい。
気づかれないように己の底なしで貪欲な欲求を一つずつ、頭の中で確かめながら叶えていたのだ。
「大丈夫だ……それはきっと当然の欲求で俺は気にしてない。悪く思う必要なんて一切ないだろうに」
「……ゆーらはわるいことしたのに、なんでおにいちゃんはしかってくれないの?」
そこまで聞いて、ゼントはなんとなくユーラが何を求めているのかが分かってしまった。
彼女の中には未だ罪の意識が根強く残っている。元のひたむきな性格故、相手に赦されたところで拭うことなどできないのだ。
ではどうするのか、赦しても駄目なら仕方がない。
――然らば当然、罰を与えるのだ。
以前何かをいいことしたのなら報酬が欲しいとも言っていたはず。
それが彼女の望む信賞必罰ということなのだから。
「確かに言いにくい事かもしれないけど、もう少し俺を信頼して隠さないでほしかったとは思う……もしかしてユーラは戒めが欲しいのか」
「……うん……いわれたことならなんでもするから、おにいちゃんしたいこととか、してほしいこととかはない?かくさないでぜんぶよくぼうをゆーらにきかせてほしいな」
えらく真面目な質問だったのだが、返ってきたのは何やら意味深な発言。
ゼントは特に深くは気にせず、頭の中であれこれ方法を考えてみる。
罰としてなにか奉仕をさせるのか。であれば家の雨対策を手伝わせたかった。
しかしそれだけでは彼女は簡単に納得してくれまい。だからといって無理に嫌がることもさせられない。
「じゃあ、今度一緒に外に出てみないか?」
彼はまだユーラの兄離れと自立を諦めてはいないようだった。
外に出ることを慣れさせれば、少なからず希望も見えてくる。
そしてこれはしばらく彼女と一緒に居て分かったことだが、ユーラの記憶はそこまで無くなっていない。
振る舞いや襲われる以前の記憶、それと一部の認識に変化があるだけだ。
元々保持している知識や倫理観、根源的な性格などは以前とほぼ変わらない様子。
だとしたらいずれ冒険者稼業にも戻れるかもしれない。一度は無くなりかけていた希望を見ていた。
「えっ、それだけ?もっとほかにはないの?」
予想と反してユーラの表情は悲愴な面持ちへと切り替わる。
彼女にとって化け物だらけの外へ行くことは相当に堪えるものだと思っていたが、
もっと悪く恐ろしい罰を想像していたのか。あるいは著しい期待を抱いていたのかもしれない。
しかし期待に添えないことを言ってしまったことに変わりはない。
ゼントは再び短い時間の中、思考を全力で巡らせる。
「じゃあ……明日一日、ユーラは俺の言うことに何でも従うことでいいか?」
「うん分かった!」
しかし短い事件でちょうど良い答えは出ず。ちょうど良い塩梅が見定められなかった為、明日の自分に送ってまかせることにした。
対してユーラは即答する。まるで飢えた獣で目の前にエサをぶら下げられたかのように、瞳は一途に光り輝いて喜びを表す。
先程とは明らかに違う態度。一体全体、この二つの間にはどんな差があるというのだろうか。
理由は分からずとも一先ず納得はしてくれたようで、ゼントはとりあえず安心する。
ここで大事なことは一つ、
ユーラは一連の行為をやめるとは一言も発していないことだ。
そしてもうすぐ町には雨と共に夜の帳が下りる。
嵐とまでは言わなくとも雲は厚く雷雨になりそうだ。
まるで何かが起ころうとしているかのように。
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