第119話『履行』

 



 ――行きの微笑ましい空気から一転、帰りの道のりはお互い無機物のように無言だ。


 町にたどり着いてまず向かったのはサラの家、彼女たっての希望で協会には行かなかった。

 単純に顔を出したくないらしい。ゼントも気持ちは大いにわかる。


 初めは問題なく歩けていた彼女も、町中に入る頃には症状が全身に表れはじめ一人では歩けなくなっていった。

 肩を持ち、なんとか家にたどり着きベッドに寝かせると、安心しきってゼントは床に転げ落ちる。

 決して死に至るようなものではないが、安全を確認し再び彼はあの言葉を出す。



「サラ、本当にごめん。俺がしっかりしていれば……」


「いい、ゼント!悪いのはすべて私だから、あなたが謝るようなことは無いわ。敵の接近に反応が遅れたのは本来あなたの仕事ではないし、毒が体内に入り込んだのも私が薄着だったのが原因よ!!」


 いつまでもうだつの上がらない態度に嫌気がさしたのか、サラも語気を強める。

 正直言って彼も自身を面倒くさい性格だとは分かっていた。でも謝らずにはいられない。

 サラも彼の優しくも短所である性質は分かっている。これ以上思い悩ませないように優しい声で続けた。



「じゃあ、もしまだ悪いと思ってくれてるんだったら、今度私のささやかな願いを叶えてくれると嬉しいわ」


「そ、それはもちろん……!!」


 そしてどう扱えばいいのかも彼女は知っている。何か代償を科してやれば、罪悪感が残らないことも、

 どこまでもサラの思い通りで、ゼントは手のひらで踊らされているだけだ。



「あと依頼の報酬は半分あげるから受け取っといて。……流石に全身に毒が回ってきたから、少し眠ることにするわ」


 本当は全額渡しても良かったのだが、ゼントは遠慮するに決まっている。

 だから本来通りに山分けすることにした、これで異論も出ないと踏んだ。



「だったら、楽になるように薬草でも持ってこようか?」


「必要ないわ、どうせ寝ていれば夜には治るから。それに今日はもう一人にしてくれないかしら」


 小さく頷いて了承して、荷物を整えてすぐに立ち去ろうとする。

 玄関のところに立って振り返ると、サラが最後に言葉を紡ぐ。



「――ゼント、今日はありがとうね」


「いやこっちこそ。あんなことがあって本当に申し訳なかったけど、その、サラと久しぶりに一緒にできて楽しかった」


 そして話ながら、ゼントは視線を最後まで合わせることができなかった。

 自身が少なからず照れていることに気づき、顔の熱が分かるほど恥ずかしくなってしまったから。


 代わりに部屋の奥、棚に隠れるように立てかけられた例の魔術具が視界に入る。

 結局、それがどのような力を持っているのか今に至るまで分かっていない。

 サラも風潮しないので、ほとんどの人間にはただ先端に装飾が施された短杖にしか見えないはずだ。



 視線を直して、最後に軽く会釈しては外に出る。

 また建物が程度に軋んでいた。




 外に出ると数秒の時間を呼吸を整える。見上げると、空には雲がかかり雨模様なのは明白だった。

 降り注ぐ日差しという恩寵が止まり、薄く寒気すら覚える気温。

 ルブアの町では珍しい曇天、何となくだが嫌な予感がした。



 ゼントは帰路に就いて、早歩きで小さい通りを駆け足で進んでいく。

 家で待っている者の事を思いながらも、今さっきの会話を思い出す。



 “今度私のささやかな願いを叶えてくれると嬉しいわ”


 その言葉が頭に染みついて離れない。

 例えどんな願いだとしても、償いの為に全力で叶えるのだ。



 しかし結局、ゼントはサラのその願いを叶えることはできなかった。

 なぜなら彼女の人間としての姿を見たのは、これで最後になったからだ。

 何があったのかは知る由もないが、最後に彼女の姿を目に焼き付けておくべきだったかもしれない。





 家に帰る前に協会に立ち寄る。言われた通りに報酬を受け取りに行くためだ。

 だが中に入ると、嫌でも目に付く掲示板の存在が分かった。

 あえて周りの依頼書を隠すように、新品で大きな張り紙がされてある。



『亜人、町への立入を禁ず!彼らとの交流を初め、秘密裏に家に匿う、物資援助等も上に同じ。ほんの僅かでも幇助した者は、何人たりとも厳罰に処する!例え過失であっても場合によっては極刑がありうると知れ!違反者を見かけたものは自警団まで!!』



 荒々しく乱雑な字だった。そして、既に通達書の内容が施行されてしまっている様子。

 町にはもうどんな亜人もいない。サラを初め、多くの住民が陰でほくそ笑んでいることだろう。


 それはもう、なんとも強く惨い文言であった。

 まるで罪のない亜人が、極悪人とでもいうような惨憺たる結末だ。

 加えて、規則を破ったのが人間であったとしても、それがわざとでなくとも、抵抗する者は殺しても構わないらしい。


 大陸の北方に住んでいる亜人は、急いで一年、場合によってはそれ以上かけて故郷に戻らなければならない。

 あるいは帝国以外に移り住むだろう。しかし、慣れない環境の変化によって死者も確実に出るはず。


 いくら危険な存在と思っていても、これが本当に人のすることなのだろうか?



 帝国は見かけ上、如何なる種族でも自由で平等な国だと謳っている。

 智慧や能力のある者は富んでも良し、堕ちる者は奴隷にまでも許されるのだ。

 今回の処置も国家臣民の安全保障が為、やむを得なかったと主張している。


 しかし亜人という存在がどうなっても自分には関係ないという、未必の故意が明らかに存在した。

 古くから今に至るまで、社会に根強く蔓延る差別意識が所以だ。




 ゼントも結局のところ、傍らで見守っていた一人という意味では、その辺の人間と変わりはしない。

 あえて、能動的に、何も手を出さず、関わってこなかったのだから。



 ふと一瞬、カイロスの姿が受付の後ろで見えた。

 あの後のことが気になって、ゼントはなんとなく近づいていく。

 ただ好奇心に駆られるだけの、迷惑極まりない野次馬のように、

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