第117話『掌握』

 



 ――ゼントは町から南に出て、草木が一本もない急斜面の岩山を二時間ほど徒歩で回ることになった。


 今回の目標の魔獣を探して討伐するためだ。巣があるわけでも無く、一帯を時間を掛けて探し回るしかない。

 倒したのち尻尾の先を切り取るが、素材を求めている狩猟ではない。討伐の証として持ち帰る。

 残った体の部分は、他の生物の食料にならないように燃やすだけでいい。



 大蜥蜴、今回の目標の魔獣だ。依頼された数は十ほど。

 魔獣の名を冠して入るが、結局は野生の動物であって全長三メートルほどの大きな蜥蜴だ。

 だが角ウサギとは違って性格は極めて獰悪、獲物を見つけた瞬間に襲ってくる。


 更に厄介なのが爪と牙に毒を持っていることだ。噛まれて傷ができたらそこから体内に侵入する。

 即効性の神経毒だが症状自体は軽い。幸い命を落とすことは無いが、数時間は手足が動かなくなる。

 しかしそれだけ時間があれば、意識がある生餌としてゆっくり食べられることは想像に難くない。


 単独行動は許されない。毒をもらった時点で救助されない限り助からないからだ。

 動けるものが残り一名になった時点で、助けを求めるために逃げ出すのが最善の手段と言われていた。

 仲間を取り残してしまうことになるが、大抵腹に入る前には救援が来る。


 体色も多少変化させることができ、草原の緑や岩の灰色など地形に擬態する。

 目を凝らさないと発見もできない。群れることが無いのがせめてもの救いか。



 そんなのを十体も相手にしなくてはならない。

 毒のせいで冒険者が全滅した事例も少なくない数がある。二人だけではかなり危険だ。

 どうやって倒すのだろうか。ゼントはそんなことを道中ずっと考えていた。




「ゼント、手を繋ぎましょう」


 岩山に入ってすぐのこと、サラがそう言って手を差し伸ばした。

 何の冗談だ、と首を上げる。しかし見えた顔と声は比較的真面目さを表していた。

 ゼントはせせら笑いを浮かべて言葉を返す。


「流石に子どもじゃないんだから、傍から離れたりしないよ」


「いいえ、それもあるけど滑落したら大変よ」



「……そんなことしたら引っ張られて、二人とも落ちるだけじゃないのか?」


「いいから、年上の言うことには大人しく従っておいた方が良いわよ」


 サラの瞳は対照的に重要だと訴えかけていた。まるで命の危機とでもいうように、

 本当に危ういわけでは無いとゼントも笑みを止めて疑問を呈するが、あっさり切り捨てられて無理やり手を掴まれる。

 温かく覚えのある感触に戸惑いを隠せず、咄嗟に離そうと思っても強く握られてしまっていた。


 嫌なわけではないが好まれる行動とも思えない。この状況をどうすべきか、

 結局反論する余地もなく、子どものように引っ張られていくこととなる。

 彼女の後姿を見てなんとなく、愚鈍ながら童心を覚えた。




 さて肝心な仕事の方だが、ここでもゼントは仕組まれたかのように置いてきぼりだ。

 優れた特技が無い彼は役に立とうと索敵をするも、記念すべき最初の目標はサラが見つけた。

 流石に繋いでいた手は放すことになる。


 平地で日光浴をしながら昼寝をしている大蜥蜴だ。だが警戒心が強く、易々と近づくことはできない。

 一番近くの岩陰に一先ず隠れて、これからどうしようかと攻めあぐねていると――

 すぐ隣にいたサラが獲物に向かって、袋のようなものを素早く投げた。



「ゼント、今よ!!」


 耳元で言われてゼントは慌てる暇もなく飛び出した。

 そして同時に思い出す。彼女の戦闘様式は仲間の支援に特化していることを、


 彼女が投げたのは、まさしく袋に入った香辛料だ。

 場合によっては人間でも噎せ返る刺激的な香り、感覚の鋭い生物には尚更。

 案の定、袋から飛び散った煙を吸い込んで、大蜥蜴は目を見開き苦しんでのたうち回っていた。


 そこにゼントは剣で喉元を突き刺して一撃で絶命させる。予想と反して呆気ない最後だった。

 単にサラの用意が効果てきめんだっただけなのだが、妙な高揚感と達成感が心に沁みている。

 相変わらずライラから貰った剣も、恐ろしい切れ味を留めていた。



「ごめんなさい、先に打ち合わせしておけば良かったわね。つい仲間がゼントだってことを忘れてしまっていたわ」


「謝ることは無いよ、結果的に何とかなってるんだから」



「それじゃあ、次が見つかるまでは、ね?」


 死体の後処理を終えたのち、そう言ってはまた手を差し伸べてくる。

 何を求めているのかは明白だった。



「な、なあ、実は手を繋ぐ意味なんか無いだろ、かなり恥かしいからやめないか?」


「恥ずかしいってことなら、ここには私たちを見る人なんていないわよ。町中でやろうって言ってるんじゃないからいいでしょ?」


 有無を言わさぬ姿勢で後ろに隠していた手を強く引っ張り上げられる。

 迷惑でないにしろ、なぜそんなことを望むのかが分からなかった。

 彼女との実習教育の時も、手を繋ぐことを強要されていたことを思い出す。

 思えば、あの時は危険だったのかもしれないが、今は……



 しかし、ゼントは口を挟まない。いや、挟めない。

 繋いでいる時だけ、サラの機嫌の良さと楽し気な雰囲気、

 そして満足感が後ろから見ているだけで伝わってきたからだ。



 二人だけの時間と空間、趣のある場所ではないが、誰にも邪魔されることは無く――

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