第115話『懊悩』
――あれから、はや二日が経とうとしている。
ライラからもサラからも音沙汰は無く、しばらくゼントは羽を伸ばした。
少し前に注文しておいた家具を受け取って家に運び入れる。
ユーラとの生活も日常と言える程に見慣れたものとなり、水準も豊かなものになってきていた。
また毎日行っていた鍛錬も再び始める。家の前で早朝から素振りや受け身など、基礎的な動作を思い出しながら一つ一つ確認していった。
そして
身体はやや衰えがありすぐ疲労が溜まる。思考の中の感覚とも一致しない。
そして、ライラから貰った剣が軽すぎるせいで訓練には向かないことも問題に挙がる。
このまま毎日続けていると、筋肉も付かず普通の剣が扱えなくなりそうだった。
剣は軽ければいいというものでもない。大剣のように自重を使って叩き斬るには重さが重要な時もある。
しかし、その不備を殺してしまうほどの鋭さが剣にはある。
何度使っても切れ味が鈍くなることは無く、手入れも全くと言っていいほど要らない。
道具に頼りすぎるのは愚か者のすることだが、これほど使いやすければ新たな型を模索するのもやむを得ない。
それだけでなく、睡眠を妨害されるほど不安になる出来事も垣間見てしまう。
ゼントが一昨日帰って来た時からユーラの口数が明らかに減っていた。
聞いたところで理由はとぼけて教えてくれない。
わざと白けさせて言い逃れしているのか、本当に自分でも気づいていないのか。
深く聞くことは避けたのだが朝の鍛錬中や一人で居る時など、時折思いつめた様にゼントを遠くから見つめていた。
そして夜、二人とも寝静まったはずの部屋で小さく音が響く。
どうやらユーラが起きて、一人で何かしているようだった。
ただゼントと同じ布団に潜り込んでは顔を近づけたり、体に抱き着いたり。
息は荒々しく胸は高鳴り、手は小刻みに震えながら瞳は愉悦に染まる。
その行為を行っている姿は、さながら裏で悪事を働く背信者の有様であった。
しかし背徳感からなのか、過剰な情緒に翻弄された挙句、幸福な者の表情をしている。
そして朝になる頃には自分の布団へ静かに戻っていく。二日連続でだ。
――幸か不幸か、ゼントはそれらをすべて暗闇の中、しっかりと目で見ていた。
様々な不安からユーラが何をしているのか問いただすことは満足にできず、話しかけても慌てたように取り繕う。
彼女からも積極的に話しかけてくることは無くなってしまった。互いに様子を窺うだけで、たまに視線が交わっては急ぎ逸らすだけ。
故に、ここ一日半で二人の間の会話は少なくなっている。
それでも大半の家事は彼女がしてくれるのでゼントはかなり助かっているのも事実。
何か見返りを望むことすらなく、また記憶が消える前兆ではないかとも心配している。
目を離さないように
そして変わった空気が続いて二日目の朝、ユーラが玄関付近で手紙を見つけたのが始まりだった。
おそらくサラからの手紙だった。ユーラの症状を知って気を使ってくれたのだろう。
しかしゼントは文字が分からない。故に誰かに読み上げてもらう必要があるわけで……
「ユーラ、頼めるか?」
「……おしごとのことがかいてある。またゆーらをひとりぼっちにしていくの?」
書かれている文面を先に見ていたのか、眉をあからさまに下げ不満そうな顔をしていた。
彼女には深夜に体を這いずり回られた直後なのだが、そのように言われてしまったらゼントも罪悪感を持たざるを得ない。
「すまない、それは返す言葉もない。埋め合わせはするから許してもらえないか」
ユーラはそれ聞いて、へそ曲がりな態度でしばらく考え込んだ。
いつものように条件を出すのかと思いきや、三つほど複雑な表情を経たのちに――
「べつにいい。しなくちゃいけないことだってわかってるから」
「ユーラの頼みはお金がかかるわけじゃないし、もうすこし素直になっても……」
声を返す前にユーラは奥の部屋と足早に消えていく。
そのおかしくなった様子にゼントは心配になった。
さすがにこれは放置しておくわけにもいかないと感じて、急ぎ後を追った。
「ユーラ、態度が変だぞ、昨日あたりから特に。心配とか悩みがあるなら隠さず話してほしい」
見ると彼女は隅で小さく蹲っていた。
思いつめるように俯いて、追って来たゼントを見つめてはすぐに地面に視線を背ける。
「だいじょうぶだから。しんぱいかけてるなら、なるべくふつうにふるまうようにするから」
「そういうことじゃなくて……お兄ちゃんに相談してくれないか?」
返ってくる声はとても弱々しかった。
「…………だったらひとつだけ、おねがいがあるの」
「何だ?」
「――ゆーらをしばらくひとりにして」
同時に真っ直ぐな目で見つめ返してきた。
見たことも無い鋭い眼光はゼントを何も言わさず一歩あとずさせる。
今、厚かましい詮索は無粋なことなのだと直感で悟った。
しかし結局、手紙の詳しい内容を知るにはユーラの助けが必要不可欠だ。
だから協力を得るには望み通りに放っておくしかない。
部屋を去ってしばらくすると、部屋から静かに声が聞こえてきた。
「……だいじょうぶ、だいじょうぶだから、きっとまだ――かけちゃだめだ」
暗く震えて苦しんでいる声だった。物音にすらかき消されそうで、呪詛のように繰り返される小さな呟き。
本当にユーラの望み通りに一人にさせておくのが正解なのか、自分自身の行動を疑問に思ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます