第114話『贈物』

 



「――そろそろ行かないと、ユーラが家で待ってる」


 ゼントの顔にサラの顔が近づいていたが、ようやく我に返って軽く押し返す。

 休憩のつもりが思わず長居してしまったと後悔する。立ち上がって椅子から離れた。

 ずっと話したかったわけでもないだろうに、見送ろうとする彼女の笑顔には悲しさも含まれている。



「そうだ、サラには今までずっとお世話になってるし、これをあげるよ」


「あの子があなたの為に渡した物だし、大切な物って言ってなかった?そんなの貰えないわ」


 彼が手に持つは、先程ライラから貰ったばかりの大小の重なった赤い宝石。

 サラはあまり乗り気ではないようだが、他人の物とあっては当然かもしれない。



「あいつの気持ちはすごくありがたいんだけど、どうせ高いだけ宝石だろ?価値の分からない俺が持ってても仕方ない。であれば有意義に使える者の手にあった方がましだ」


「それはそうかもしれないけど……」



「あいつもサラからの贈り物に喜んでいたみたいだし、あくまでこれはお礼の形としてだ。それにこの色はサラの髪とよく馴染んで似合うと思うんだが……」


 言葉巧みに理由を並べた。納得もできる事実だが、ゼントは思いつきで言い放っただけ。

 だが女性相手に対してみると少々安易な発言だったかもしれない。

 サラ側もこう捲し立てられては、もう決心を変えさせる気になれなかった。



「あら、世辞がうまいわね、分かったわ。そこまで言ってくれるなら嫌なんて言わないわ」


「ああ、大切にしてくれるとあいつも嬉しいはずだ。じゃあ俺はこれで」


 そう言って足早に去ろうとした瞬間だった。

 ゼントは後ろから手を掴まれ、振り返ると――



「ねえゼント、今度私と一緒に依頼に行かない?二人だけで」


「えっ、でもサラにもパーティーが居るじゃないか。いいのか?」


 通常であれば、違うパーティーの人同士で依頼など受けない。

 役割が変わったりして危険なのもあるが、他のメンバーからもいい目では見られない。

 争いの種になることもあり、協会からも基本推奨はされていなかった。



「ただの気分転換よ。たまにはむさくるしくない仕事があってもいいじゃない」


「じゃあ、あまり難しくないやつなら……」


 サラは暗黙の了解をも気にもせずに平然とした顔をしている。

 一方ゼントは彼女があまりに落ち着いた様子だったので、雰囲気に流されてしまう。


 そして居心地が悪そうに頭を掻きながら、目は泳いでいた。

 世話になっている者からのお誘いで断り難いというのもある。

 しかしそれ以上に、失敗して見苦しい姿を見せるのではないかと心配していた。



「それはもちろんあなたに合わせるわ。日時と内容は近いうちに教えるから」


 ゼントはその言葉に安心を覚えつつも、やはり気を使わせてしまったと懺悔する。

 彼のこの捻くれた性格はそう簡単に変わることは無いだろう。

 しかしなるべく心配を掛けまいと、いつも通りに健気に振舞った。



「了解した。じゃあそろそろお暇させていただこうかな」


「ええまた今度、楽しみにしているわ」


 ユーラにはまた申し訳ないことをしてしまうが、相手がサラとあっては断り切れなかった。

 二人のどちらの方が大事なのかと問われれば、関係としてはどちらも大事だと彼は答える。

 よく相談に乗ってくれるという事もあり、そこに優劣は僅かなひずみほども存在しない。




 ゼントが協会から立ち去った後、


「……ゼントも感心しないわね。別の女から貰った物を私に贈るなんて……あの女が持っていたものと考えると趣味が悪いけど、まあ綺麗だしいいか……」


 ――そして親指の爪を、躾のなっていない子供みたく噛みながら続ける。


「……さっきも思ったけど、ゼントは本当に変わったわね。できることなら私が変えたかったけど、如何せん力不足だったわね。あいつを跡形もなく排除して、持ち直せるといいのだけど……」


 悍ましい計画を考えていることは明白だ。そして成功を確信している。

 しかしかなり前から構想があったものの、未だ色々と準備不足な点が多々あった。

 実行に移すまでの間、ゼントの気持ちを見定めることに注力するだろう。



 ◇◆◇◆




「――ユーラ、ただいま」


「あ、おかえりなさい!」


 すぐさま声が返ってきて、ゼントはようやく安心できる。

 未だ赤い悪魔の脅威は去っていない。根本的解決もできないときた。

 どうする事もできない以上、ユーラ自身で身を守ってもらうしかない。

 あるいは、ここが襲われないと確定するまで一緒に居た方が良いのかもしれないが。




「ねえおにいちゃん。きょうも、その、えーっと、あれを……」


 家に入ってすぐのところで装備を片付けていると、もじもじと体を揺らせて顔を赤らめながら近寄ってくる。

 何かを言おうと思って、しかし言葉が喉に引っかかったように出せていない。

 安心させなくてはという使命感から、ゼントは優しく声を掛けた。



「どうしたんだ?遠慮なんかしなくていい、ゆっくりでいいからいってみて」


「えっとね、きのうのよるできなかったアレをいま、してほしんだけど……」


 両こぶしを握り締め思い切ってユーラは言った。

 相変わらず自信は持ち合わせていないようで、弱々しく無いに等しい覇気だ。

 だが勇気を振り絞ってくれたことは確かだ。それに応えなければならないがしかし――



「ごめん、昨日のアレって何だったっけ?もう一回教えてくれないか」


 ゼントはあのお願いを完全に忘れてしまっていた。

 今日だけでも色々なことがあり、慣れない仕事のこともあって疲れていたからだろう。



「……なんでもない、やっぱりわすれて。きっとまだはやいから……」


 苦笑いをしていたユーラの顔が、割れるような悲しみに染まったのが見て取れた。

 何かまずいことを仕出かした。そうゼントの直感が語る。慌てて言葉を尽くして弁明を図ろうとした。



「え?いや、気になんかしなくていい。それは昨日のことなのに俺が忘れてたからなんだろ?」


「おにいちゃんがわすれてるなら、わすれてるからこそ、もういいの」



 ユーラはそう言って奥の部屋へと消えていく。

 最後に一瞬だけ振り返ると、寂しそうに笑っていた。

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