第109話『坑道』
――鬱蒼とした極相林の中、その中心部分に今日の目的の鉱山洞窟はあった。
二人が到着するなり、そこで働いている鉱夫の責任者が話しかけてくる。
珍しい物を見たような反応だ。おそらく町でゼントの事を知っているのだろう。
そこまで身長が無い小男だが、声を大にして説明してくれた。
「まあお二方、なによりよく来てくれたわな。最近新しい鉱脈をいくつか見つけたんだが、如何せん人手がたりなくてな。募集してもなかなか人があつまりゃしない。まいってたところよ」
ふと周囲を見ると、他の者が入り口付近で三々五々にたむろしていた。
各々道具の整備や互いに図面を見合わせながら、今日はどこを掘るかと打ち合わせをしているようだ。
近くに拵えた小屋に寝泊まりしながら、朝早くから洞窟に潜る。
過酷とも思える仕事だが、少しだけ稼ぎが良かったりした。
ここはかつて、地下深くにあった地殻が隆起して出来た場所のようだ。
比較的微量ではあるが、熱の魔石が採掘される。
魔石というのは、いわばこの世界に存在する特殊な鉱石のこと。
元々はただの変わった石、歩いていれば地面の至る場所に見られるだろう。
だが物によっては熱、風、水、氷、雷のように、自然現象に依拠した属性が付加されていることがある。
これはあくまで一例で、違う属性が混ざり合う事もあれば種類は他にいくらでも。
その辺にある力の無い魔石とは何が違うのか。大切なのはあった場所だ。
これらに長い年月をかけて自然の力を蓄えられた石であるという事。
だからなのか大きさの差こそあれ、石からは自然の力が絶えず外に流れ出ている。
例えば延々吹雪の中にあるものは氷の属性が付いたり、
一部の山の頂上付近など、年中雷が発生している地帯では雷の魔石が取れたり、
そして、地下深くには熱の魔石が数多く眠っている。
何を隠そう、魔石は強力な武具である魔術具の力の核としても使われているのだ。
だから核の力を使い切ったら普通の武器と変わらなくなる。
それでも余りある威力に魅了され、適性も知らずに人々はたかって奪い合う。
さぞかしその核である魔石も高額なのだろうと思いきや、市場価値を見るとそこまで値は張らない。
理由は単純、魔石単体ではごく弱い力しか発揮できないからだ。
熱の魔石でさえ、肌に当てるとほんのり温かい程度。
それを魔術具は謎の技術で微弱なものをより強大に、そして最高効率で力を発揮できる。
ただ、その仕組みは未だに解明されておらず、魔石の交換すらも不可能。
属性によって石の表面の色は変わり、宝石のように光り輝くので被服の装飾として、
また、魔石や魔術具を研究している者が大量に買い込むのが需要の大半だ。
それでも力の籠った魔石は貴重な存在であることには変わりない。
魔石が集まった空間が見つかり、ここ数日は繁忙期のようだ。
ゼントとライラは軽く説明を受けると、一人の新人の鉱夫を加えて三人一組にされた。
若いが腕も足も逞しい男性だ。一応の安全対策や案内役だろう。
必要な道具も渡されて、角灯に火を付けたらいよいよ動き始める。
地上部分は、小さな丘の見た目をしていた。平坦な森の中に突然現れ、まるで洞窟が飛び出してきたようだ。
安全帽を装備して中に一歩でも足を踏み入れると、まず頭に浮かんだのは温かいという感想。
なだらかな延々とした下り坂、中央の大きな通り道を中心にアリの巣のような枝分かれをしていた。
しかも奥に進むほど熱くなってくる。汗が出てきそうなほど。
また、灯りがなくとも全体がほんのりと明るい。全て壁や天井の魔石から放出された力だ。
ゼントたちは浅い場所での作業に配属された。一つの枝分かれした先の行き止まり付近。
奥は熱気が籠っている上、勝手が分からない素人だと危険だからだろう。
案内役兼同じ組の若い男が仕事を始める直前、もう一度ゼントに声を掛けてきた。
「作業については入り口で聞かされたとおりだ。ここらは地盤が固いから落盤の心配もねえ。ところでそっちの子は力仕事とか向いてなさそうだけどいいのか?」
「多分大丈夫だろう。この仕事を選んだのはあいつだからな」
男は随分と飾らない性格のようだ。初対面のはずなのに気さくに話しかけてくる。
おまけに気遣いもできる。きっと周囲の人に好かれる人間だ。
そのおかげか、ゼントも心の構えを解く。知らずの内に緊張の糸が張っていたのかもしれない。
「じゃあ俺は手前側を掘るから、二人は奥を頼む。っま、ほどほどにな、肩の力抜けよ!」
そう言って彼はにやにやと剽軽に笑いながら一人で来た道を歩いて行ってしまう。
気のせいかもしれないが、二人の関係を何か誤解されて配慮されたような気がした。
とりあえず、ライラと共に仕事を開始する。
支給されたつるはしを使って、壁からむき出しの魔石を運びやすいように砕くのだ。
一通り済んだら、魔石が見えるところまで円匙で壁を掘り進める。
はっきり言って、魔石やその周りの壁や地面も手作業では苦しいほど硬い。
道具を大きく振りかぶっては、力を込めて振り下ろす。それでやっと表面に疵ができる。
何度も何度も繰り返してようやく割れた。加えて同じ箇所に当てる必要があるので細かい道具の技術も要する
ふと、傍らにいるライラを見ると今述べた作業を平然とこなしていた。
しかもほとんどの魔石を予備動作もなく一撃で割って回っている。
これだった。
ゼントが彼女と一緒に居たくない理由は、
彼女に罪はない。悪いのは全部自分なのだ。
嫌な記憶を思い出してしまって、彼は一人坑道の隅でため息を吐いた。
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