第110話『課題』
「――そういえば、さっきからずっと無口だな、お前は」
場所は空気中の熱さが蔓延る坑道内、しかしライラは一切と汗をかいていなかった。
唯一の明かりは少々心もとない角灯、呼びかけに対し彼女が振り返ると赤い瞳が薄明かりに浮かんだ。
「そうなの?」
手を止め、石の上に腰掛けると不思議そうにゼントを見ては聞き返す。
不意に灯りの火が揺らめき、二人の姿が陽炎のように見え隠れする。
「ああ、いつもおしゃべりなわけじゃないけど、朝からここに来るまで一言も発してない。っていうか自分で気づいてなかったのか……」
「もしかして朝の言葉の意味をずっと考えていたのかも。あんまり分かってなかったから」
朝の言葉とは、いつも笑顔で居なくてもいいと言ったことだった。
相変わらずなのか、説明するのが苦手なだけなのか、ライラは自身の理解に思考が追い付いていないようだ。
確かに彼女には難しい内容で、例え話も今一つで理解には及ばなかった。
「別に深く考える必要は無い。今理解する必要も無い。俺の言葉には従ったってことは朝の件は納得したんじゃないのか?」
「これだけじゃなくて、ゼントが言ってくれた他の言葉の意味も知りたくてずっと考えてるの!だからきっと口も手も疎かになっちゃってる……」
再度諭してみるも、なかなか強情でこのままでは埒が明かない。
彼女もある意味自分の気持ちに正直なのだろう。しかし、かえって感情を複雑にしてしまっているが。
強引だが、少し話題を変えることにした。案の定ライラは微笑みを交えて食いついてくる。
「その割には俺の何十倍も仕事が早いけどな。もう疲れが溜まってきたし、反動で手も痺れてきた」
「剣を振るみたいに道具の持つ力を抜けばいいんだよ。前に私に教えてくれたみたいに。でも疲れてるんだったら、後は私が全部やるから休んでていいよ」
確かにゼントが砕かれた魔石や掘った土砂を運ぶなど、後ろから支援した方が効率がいいのだろう。
だがそれだと自分が役立たずに思えてしまうので、断ってもう一度つるはしを握る。
言うとおりに手の力を抜いて振り下ろすと、思いのほか早く魔石は割れる。
どうやら、以前剣の扱いを指導したことが役に立っているようだった。
知識を応用して別の技術として使う。教えたことは無駄にはなっていなかった。
結局そうだ。他人を羨ましがったって、悪いのはいつも指をくわえて達観した気になっている己だった。
才能のない自分でも考えて工夫すれば、少しはライラのようになれるのかもしれない。
ゼントはそれぞれ僅かではあるが、自信と余裕を頭の片隅に持つことができた。
本日の洞窟での仕事は、それ以上の大きな出来事は無く終わった。
強いて言えばライラの採掘速度は尋常ではないらしく、その場所で鉱脈を掘りつくしてしまったことだ。
よって少し早く終わっていいとのこと。他の者もかなり驚いていた。
「――流石、高位の冒険者はやっぱり違うね!今日は本当に助かった。また機会があったらあんたに頼みたいところさ!」
それはもう、べた褒めだった。
後ろには手押し車で運んだ魔石が山のように積み上げられている。
結果は大満足してくれたようだ。しかしゼントは何か心に突っかかるものがあった。
「……さすが、か……」
依頼書に完了印を押してもらって、協会へ報酬を貰いに帰り道を歩いている時、
ゼントはとある鉱夫に言われた言葉を思い出していた。
その言葉は、まず間違いなくゼントに向かって言われた言葉。少なくとも初対面の人間に対して出てくる言葉ではない。
彼らには町での悪評がまだ耳に届いていないのだろう。実際に頑張っていたのはライラだ。
今も昔も、その関係は絶対覆らない。仕方がないことかもしれないが、複雑な思いにならざるを得ない。
このままでいいのか。このまま甘い汁を吸うだけで……
再び始まる良心の叱責、逃げ場のない思考の渦に囚われる。
ゼントの心の表面上も、そして本質的にも善人だ。
だから他人を利用して、使い潰すなんて発想はない。
もしそんなことを続けたら精神が壊れる。
ではどうするのか。答えだけははっきりと分かっている。
必死に食らいついて足手まといにならなければいい。でなければライラから離れるしかない。
文字だけを見るならばなんと簡単なことだろう。それができていれば今悩むこともなかったのに。
結局帰りながら考えても、他の解決策は見つからなかった。
そしてライラと共に、とうとう協会前にたどり着いてしまう。
中に入るといつもより騒がしい。大きな木製の箱が中央にあり、周りには紙を手に人だかりが出来ている。
何事かと思えば一昨日の出来事を思い出した。
帝都からの通達について、住民投票が行われるのが確か今日だったのだ。
最近どうにも物忘れが多い。ユーラやライラの事など、単純に悩みの種が増えたからだろう。
何なら他にも忘れていることがある気がする。
いつも姿を見るはずのカイロスは、どこを探しても姿が見えない。
きっとどこか裏で工作しているのだろう。
入り口に立つゼントは、ただ黙って投票の様子を眺めていた。
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