第104話『不解』

 



「――ユーラ、今戻ったぞ」



 ゼントが掛け声とともに家の中に入ると、美味しそうな香りが鼻をくすぐった。

 机の上を見るといつもより少し豪華な料理が並べられている。何故か一人分だけ。

 そしてどういうわけか、玄関をくぐった直後にあるはずの彼女の姿が見えない。



「ユーラ?」


 もう一度呼びかけるも反応はなかった。

 何かの悪い冗談かと思って、普段使わない部屋を含めて家中を探すが見つからない。もちろん裏の森も。

 とうとう異変だと気が付いて、心臓が破裂しそうなほど振動した。


 まず荒らされた形跡はない。強盗や人攫いではなさそうだ。

 では自主的に外へ出て行ったのか。それはありえないと直感でわかる。


 そして極め付きは家の周りに新しい足跡が残っていない。赤い悪魔に攫われたか。

 考えうる中で最悪な状況だ。他に思いつく原因もない。とにかく考えるのは後だった。



 慌てて振り返って外に探しに行こうとすると、入り口に棒立ち人影が……

 ちょうどユーラと同じくらいの身長、ただの杞憂だったかと思うのも束の間。


 影の正体は先程会ったばかりのライラだった。

 何故ここに居るのか。何か言い忘れたことでもあるのか。

 しかし、そんな余裕はゼントにはない。



「なんだ……お前か……悪い、今お前に構っている暇はないんだ。早くユーラを探さないと!!そうだ、どこかで見なかったか!?なくても手伝ってくれ!!」


 この世の終わりが訪れたかのように慌てるゼント。口調にも動揺が現れる。

 しかしそんな彼を、ライラは一歩引いた視線で見ていた。



「――そんなに慌てるくらいあの女が大事なの?彼女と一緒に居ていいことなんてあるの?」


 てっきりすぐに頷いてくれるかと思っていた。彼女ならこの状況でも頼れると、依存していた。

 しかし蓋を開けてみれば、わざわざ突拍子もない質問が返ってくるのみ。


 その質問にどうしてだろうか。沸々と行き詰った怒りが湧いてくる。

 怒りは収まるどころか、さらに勢いを増して表に出てきた。

 しばらくの狼狽と沈黙を得て、ゼントは大人げなく喚き散らす。



「……いいか!?お前が考えるような理屈なんていらねぇんだよ!!!俺はあいつを護ると誓った!!誓ったんだ!!そこまでして、もしユーラを死なせでもしたら、俺は……!!」


 今は感情を爆発させる時間ではない。ぶつける相手も明確に違った。

 ふとした拍子に我に返る。ライラがひどく悲しそうな表情をしていたから。

 そして自分の思い通りに行かなくて、苛立っていたのだと気づく。

 やりきれない思いを胸に秘め、最後に理由を添える為に言葉を続ける。



「……ハイスとフォモス、教会の人たちにも顔向けできない。命をもって罪を償うか、もうこの町から出て行くしかない……」


「…………」


 口を噤んだライラ、その無言は動揺か、呆れか、あるいは享受の極地か。


 ゼントも自分自身の愚かさに言葉を失った。

 しかし絶望する猶予も権利も無い。



「……お前に言ったところで時間の無駄だった。もう行く」


「分かった、私が見つけてくるから」


 その声を理解する前に、外に向かって走りだしていた。




 とはいうものの、ゼントは何の策もなく飛び出してきたことに変わりはない。

 すぐに急いでいたはずの足は動かなくなって、顔がおのずと俯いてしまう。

 というのもユーラを失うかもしれないという恐怖で、心拍と精神が真面に機能していなかった。


 自分の中で彼女はどのような存在なのか。それは彼自身にもはっきりとは分からない。

 でもこれだけは言えた。“かけがえのない大切な存在”だと。


 良くも悪くも、彼女には出会った時から助けられている。

 例えそこに下心があったとしても、救われたという真実は疑いようがない。

 ユーラに対して個人的な感情は存在しない。ただ恩を返すために命に代えてでも護るのだ。


 しかし現状を顧みるなり、正直に言うと助からない可能性の方が高い。

 そもそも手掛かりがなく、見つかるだけで奇跡とも言える状況。

 でも捜索しない理由にはならない。



 数日前と意識が重なる。だが今回はおそらくユーラにとっても不測の事態、のはず。

 まだ彼女の為に何もやってあげられてないのに。後悔は先に立たない。

 ともかく、後で何を言われてもいい。フォモスとハイスに恥を忍んで協力を要請して……





「――ゼント、見つけたよ」


 それは探し求めていた声ではなく、何の変哲もないライラの声だった。

 見つけた、というのは何のことだろうか。まさか、ユーラを?

 この状況でそんな笑える冗談を言うはずがない。きっと、何か手掛かりでも見つけただろう。


 少しでも分かることがあれば、そこから探す場所を絞り込める。

 やはりライラは自分とは違って、感じ取れるものがあるのかもしれない。

 ゼントが隈なく探しても見つけられなかった物を見つけたのだから。



 藁をも縋る思いで、ゼントは俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 するとそこには薄明かりの中、亜麻色の髪の少女を抱きかかえたライラが居た。

 そして口元を歪ませて歪に笑う。



「――ほら、宣言通り探している物を見つけたよ。この子でしょ?」


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