第103話『黄昏』
――カイロスに向かって言い淀んでいると、もう仕舞いだ、と協会から追い出されてしまった。
ゼントは自分も出来れば関わりたいと思っている。しかし、周囲に露見すればユーラの面倒は誰が見るのか。
結局は保身に走った。しかし誰が彼を責められる。カイロスも本当は協力が欲しかったが、事情を考慮してくれたのだろう。
煮え切らない自身の思いに憂鬱になりながら、どうしようもなく家に戻ることにした。
外はもう日全体が姿を消して、黄昏時となっている。
家に向かって弱々しく歩き始めた時、後ろからサラが話しかけてきた。どことなく笑顔で、
「ねえゼント、あなたのパーティーの子に“これ”を渡しておいてくれないかしら?」
彼が振り返ると瞬時に、体の後ろに隠し持っていた何かを目の前に差し出す。
それは涙滴型のきらきらとした石で、青紫色に奇怪な輝きを放っていた。
受け取ってよく見ると、表面には疵の一つもなく滑らかすぎる手触りだ。
「これはこの間、軽くあいさつした時のお詫び、みたいなかんじよ」
「それってやっぱりあいつが何かしたってことか?」
頭の中を過るは三日前の記憶。
ライラがカイロスに不適切な発言をした後、サラと会話していた時。
しかし、慌てたように彼女は首を振り否定する。
「そういうんじゃないの。ただ私に不手際があったってだけ」
「だったら俺じゃなくてサラが直接渡せば……」
「それはだめ、ちょっと気恥ずかしいの。だから私が渡した物とは絶対言わないで。ゼントからの贈り物って言ってくれた方が彼女も喜ぶと思うわよ」
ゼントは目を少々見開き、同時にすこし口角が上がる。
恥ずかしい、だなんて言葉がサラの口から出てくるなんて考えたこともなかった。
それでいいのかと思いつつ、大した手間でもないので快く了承することにする。
「そういうものなのか?まあいいけど。それにしてもずいぶん綺麗な宝石だな。これは魔石か何かか?」
「そんな大層な物じゃないわ。それはただの綺麗な宝石、それはね」
何か含むところがありそうな発言に、ゼントは首を傾げる。
しかし意図が分かるわけでもなく、できることは綺麗な石を懐に大切にしまうのみ。
結局彼女はそれだけ告げて、自身の家の方向へと歩いて行ってしまった。
ゼントは再び踵を返すと家に向かって歩く。
家に着く頃には、ユーラの温かい手作り料理が食べられることだろう。
自然と脚は駆け足となっていた。
しかし移動し始めてすぐ、別の人物に遭遇する。
彼女はどこからともなく、まるで影から現れるように姿を見せた。
思わずゼントは立ち止まり、声を掛けようとするが――
「あ、間に合わなかった……」
それより先に、唖然とした声が先に来る。立ちふさがるように正面に出てきたのはライラだった。
もう夜の暗さに溶け込んでしまって、輪郭がはっきりと分からない。
何をしにここへ来たのか。先程の協会の騒ぎの件だろうか。
「お前も呼ばれたのか?話を聞きそびれたんなら……」
「いい、興味ない。それよりもゼント。新しい依頼を持ってきた。時間は半日だけだから、明日の朝に協会前に来てね」
「おい、勝手に決めるな。どうせ討伐依頼だろ?足の怪我もあるからしばらくは無理なんだが」
「足の怪我はもう痛まないんでしょ?それに簡単な依頼を持ってきた。これ以外だと残っているのはどれも危険な内容で、ゼントは嫌がるだろうから」
ライラは根気よく説得して、依頼の受諾を強く勧める。
曰く、掲示板にある依頼はほとんどが討伐系のものだったらしい。
一方、簡単な依頼だと供給は少なく、需要は高くでまず受けられないそうだ。
だからゼントの為に、そのわずかな依頼書を見繕ってきたのだとか。
見ると内容は近くの鉱山洞窟から、鉱石の採掘を手伝ってほしいというもの。
冒険者への依頼というよりは短期の労働契約、所謂アルバイトという表現が近い。
ところで、何故ライラはゼントの容態を理解しているのだろうか。
ともかく、そこまで難しいものでもない。受けること自体は可能だ。
加えて今後、簡単な依頼が少なることを考えると、今のうちに仕事をこなした方が良いかもしれない。
半日という事ならば、ユーラに負担も少ないだろう。
「……分かった。やろう」
結局ゼントは自らの意志で頷くことにする。
帰ったらユーラに言っておかなければ……
また悲しむ表情を見なくてはいけないのがつらかった。
「用件はそれだけ、じゃあね。また明日」
「あ、ちょっと……」
そこまで来てゼントはつい先程、サラに頼まれたことを思い出した。
自分からの贈り物といって渡すように言われた、綺麗な石の存在を……
しかし渡そうとして、懐に手を伸ばした時には既に彼女の姿はどこにも無い。
一瞬で姿が消えた。どの方向へ去って行ったのかも分からない。
暗闇と同化していたからか、あちらが上手だったからなのか。
「まあ、明日も会えるしな……」
それよりもゼントは帰りを急いだ。
家までの距離はもうほとんどなく、一分もかからない。
ユーラと一緒に住んでいる家の場所は、いつも
少々薄気味悪いが、ゼントにとってもユーラにとっても好都合な場所だった。
しかし逆を言えば、何かが起こってもすぐに助けを呼ぶことができない。
ゼントは家に戻って、すぐ異常に気が付いた。
帰ったらいつも聞こえる声が……ユーラの姿がどこにも見当たらないのだ。
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