第102話『保身』

 



「――サラ、どうしたんだ?わざわざこんなところまで」


「詳しい事情は私も分からない。でもこの町全体に関わることだからって」



 夜もすぐそこまで迫ってきているというのに、ゼントまで呼び出すとは余程の緊急事態と見える。

 これからユーラと一緒に夜ご飯を作ろうと思っていたのだが……



「ユーラも聞こえていたか?俺はちょっと協会まで行ってくるけど……」


「…………私はここで一人料理を作って待ってるから、お兄ちゃんは行ってらっしゃい。大丈夫、赤い奴が現れてもすぐ逃げるから」


 部屋を覗き見て問いかけると、彼女は振り返らず冷たく静かにそう答えた。

 いつもと様子が違う気がする。しかし昨日からある違和感の正体も未だ分かっていない。

 単にサラも箱の人間のように化け物に見えてしまうので、目を向けないようにしているだけかもしれないが、



「――ゼント、早く行きましょ。足がまだ痛むなら背負ってあげるから」


「いや、もう自分で歩けるよ」


 サラは驚いた表情をしていたが、結局袖を引っ張られ促されるまま、

 ユーラが料理を作っている後ろ姿を、脳裏に残すことしかできなかった。




 ゼントとサラは二人、道中会話すらなく道を急いだ。

 その日を覆う夕日はいつにも増して赤かった。目の前を行く彼女の髪よりも。

 同時に町は暗澹として奇妙だ。街を行く人が少なく、だれもが考え込むような仕草をしていた。


 そして、協会の門をくぐった時、懇願する年老いた声が耳に入って来る。



「――カイロス殿、いや様、どうか我々にお慈悲を!まだ町には幼い子もおります!どうか……」


 それはしわがれていて、喉を精いっぱい酷使した声だった。

 建物の広間には、大量の冒険者がところ狭しと並んでいる。

 中にはフォモスとハイス、サラの三人組の仲間もいた。



 そして、中央の受付前に掠れた声を出す主が居た。

 一人ではなく何人かが固まって、カイロスに抗議しに来ているのだ。

 周囲の冒険者たちは、ただ黙って成り行きを見守っている。


 その数人が纏まった集団というのは、「亜人」の人々だった。

 全身が動物のような毛で覆われた者、竜のような硬い鱗を持つ者、角を生やした者など。

 誰もが人間とは思えない姿かたちをしていた。



 この世界では人間と、人ならざる者“亜人”が存在する。

 亜人と一まとまりには言うものの、その種類は千差万別。

 空を圧する者、海を支配する者、夜を瞬く者、中には摩訶不思議な術が使える者たちすらいる。


 どの種族も人間より卓越した技能を有し、高い身体能力に人間は圧倒されるしかない。

 しかし、長い歴史の中で彼らは人類の知恵に敗れ、大陸最南端の大きな島に押しやられてしまっていた。


 今は人間の町にも住んでいることもあるが、人間からの風当たりは強い。

 彼らが魔獣と近しい見た目をしていることもあるのだろう。

 生きていく上で制約こそないが、亜人として生を受けてしまったのなら、少なからず辛い人生が待っている。


 そんな彼らに更なる逆風が吹こうとしていた。



「――とにかく、あんたらには申し訳ないんだが、この決議案は明後日の住民投票で決めさせてもらう。それまでにできることはしておいてくれ……」


「そんな……!私たちはこれからどうしたら……」


 どう頑張っても無慈悲な宣告は変わらない。初めから時間の無駄だと分かっていたはずなのに。

 結局中心にいた集団は解散してしまった。同時に冒険者も帰るなり夕食を注文するなり、各々別の行動を始める。



 今来たばかりの二人の横を、肩を落とし絶望の顔の亜人達が通り抜けていく。

 すかさず、カイロスの元へ駆け寄る。何があったのかを知るために。



「カイロス!」


「あ、ゼントか。俺は、俺はどうしたら……」


 周囲がゼントの呼ぶ声に反応するが気にも留めない。



 話によると、彼らが集まった用件はこうだった。

 亜人を各町に住まわせないようにと通達が来たのだ。

 しかも北の山脈よりも北の帝都議会直々に、帝国領全ての町への指令。


 亜人とは今後一切の接触や支援、交流も禁止。

 反抗する者は殺しても構わない、というおまけつきで。


 はっきり言って従う他無かった。

 従わなければ反逆の意志があると思われ、兵を差し向けられる可能性がある。

 他の町と断交されるなど、あらゆる不利益をこうむりかねない。


 しかし、彼らは魔獣が蔓延る町の外に、大した準備もなく放り出されることになる。

 今この町に居るのはお年寄りや幼い子どもばかり。

 人間よりは強いといっても、食料の確保や安全面で間違いなく死者が出るだろう。



 自治体が無い町では、代わりに冒険者協会が法の代行者となる場合が多い。

 カイロスは両手を顔に当て、うなだれるほど悩んでいた。しかし、彼ほど真剣に考えてくれる人間も珍しい。

 ほとんどの人間は彼らに居なくなってほしいと願っているからだ。


 最後の慈悲として支部長の権限を用い、帝国に従うか拒絶するかの判断を投票で町の人間にゆだねた。

 結果は火を見るよりも明らかなのだが、できる手立てが他にない。



「話したいことがあったんだが、さすがにこれは俺一人でやる。お前へ用はすんだ。もう帰って大丈夫だ」


 カイロスの問い詰めた表情、ゼントはなんとなく彼の考えを察した。

 おそらく時間を稼いでから、裏でこっそり故郷までの帰還を支援するつもりなのだろう。


 もし発覚したら命が無いかもしれない。そうでなくとも地位が怪しい。

 その上で非人道的な行いを黙って実行は、彼の性分がさせなかった。


 ゼントの思考もカイロスのものに近い。

 だが彼は、ユーラの為に一歩踏み出すことができなかった。

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