第100話『代愛不可』

 



「――お兄ちゃん、お兄ちゃん起きて!もうお昼前だよ!?」


 いつもとは違う声色でユーラの声が聞こえた。怒っているというよりは呆れた声だ。

 寝床から薄ら眼のまま起き上がってみると、不満げな顔で片腕を腰に当てたユーラが視界に映る。



「おはようユーラ、昨日はよく眠れた?」


「私はずっと起きてる!それを言える時間はとっくに過ぎてるよ!ご飯も作ったから一緒に食べよう?」


 腕を引っ張られ、促されるまま隣の部屋に連れて行かれる。

 食卓の上には主食と簡易的なおかずが添えられており、食欲をそそられた。

 料理の腕も少し戻っても、かつての頃には及ばない。ここは焦らずゆっくり時間を掛ける必要があった。


 昼前の朝食で腹を満たしている最中、夢で見た記憶を想起しながら視界をにじませる。

 ここしばらく夢を見ることすらなかったゼントは、脳が見せる幻影を一歩引いた視線で見るようになった。


 赤い悪魔がここにも現れるのではないかと、心配して起きていようと思ったのだが結局ぐっすりと寝てしまう。

 あそこの寝るにはちょうどいい柔らかさが原因かもしれない。



「それで、今日は一日中私と一緒に居てくれるんだよね?」


 段々と腕の動きが止まって来ると、ユーラが不安そうに尋ねてきた。

 両手を祈るように組んで、でも目線は正面に捉えている。



「ああ、もちろん。毎日辛い思いさせちゃって本当にごめん。これからしばらくは家に居られると思う」


「もう過ぎたことはいいよ。それよりもお兄ちゃん、こんな贅沢な食事も生活もわざわざ私の為に用意しなくていい。必要なら食べ物も私が裏の森で取って来るから、だからお兄ちゃんは一生この家に居てくれないかな」


 安心させる言葉を選んで答えると、喜んでくれるかと思いきや静かに首を振って、新たな提案をしてきた。

 だが、彼女の願いを叶えるにはまだ条件がそろっていなかった。



「ユーラ、悪いけどそれはできないよ。もちろんユーラのことが一番だけど、だからこそ普通の生活を送ってほしいんだ。それに、仕事でパーティーを組んだ人の事もあるから、そう簡単にやめるわけにはいかない。お金がある程度貯まったら、一度考えてみようと思っているけど」


 もちろん、何を差し引いてでも一緒に居たいという気持ちは須らく尊重すべきだが、

 このままの生活に慣れ切ってしまうと、以前の本当の日常に戻れなくなるかもしれない。


 申し訳なさそうに謝りこれからの対応案を告げると、快諾とまではいかなくとも素直に受け入れてくれたようだ。

 代わりに卓上の会話は別の方面へと切り替わる。



「そっか……じゃあその、パーティーを組んだ人って、お兄ちゃんから見てどんな人なの?」


「うーん……どんな人って言われてもだな……」



「どうせその人はここにはいないんだし、ありのままの率直な考えを聞いてみたいな」


「そうだな。一昨日に家に来た奴のことなんだけど、戦闘面ではたぶんかなり頼れる人だよ。まあ、表情があまり動かないから何を考えているのか分からないし、謎のこだわりがあるのか話が通じない時がある。悪い奴ではないんだけど……」


 ゼントはお願いされるまま、黒髪の少女の特徴を自身の主観を交えて説明する。

 彼女の褒められる部分を必死に探したが、気が付くと悪い印象ばかりが口から出ていた。



「見た目はどう、綺麗な人?それか、可愛い?どうせならお兄ちゃんの好みも教えてよ」


「正直なところ見てくれは美人だと思う、髪艶も白い肌も瞳の色も好む人はいるだろうけど、可愛げは無くてちょっと近寄りがたい不気味さがある。もっとユーラみたいに明るい性格で、笑顔を周りにも振りまいてくれるようだったらな……」


 まあそれは俺個人の勝手で酷く厚かましい願望だけどな、とそそのかされるまま淡々と続けた。

 何故か今日は珍しくライラについて質問攻めをされた。でもこれは前進だ。


 人間が化け物に見えると言っていたが、やはり以前言っていたようにライラだけは普通に見えるのかもしれない。

 ユーラが自分以外の人間に強い興味を持ってくれたことが、我が子の成長のように嬉しかった。



「じゃあ私は、お兄ちゃんからどんな風に見えてる?」


 微笑みかけながら彼女は言った。


「……えっと、妹としてすごくかわいいよ」


 ゼントは妹が血族として、どのようなものなのかを知らない。

 しかし、少なくともこれ程心身共に近しくできるものなのかと疑問に思っている。

 あまり多くは語らず、距離感を弁えて、そして心得違いをさせないように言葉を選んだ。



「それだけ?異性としては?もし仮に、私がお兄ちゃんに告白したらどうする?」


 嬉々とした表情で最後の質問を下。だがそれはゼントにとって最も恐れていた質問だった。

 自分に対して恋愛的な感情を抱いてしまっているのではと考える。

 唐突な内容にどう答えたらいいか、少なからず動揺してしまった。

 強すぎず弱すぎず、ユーラの表情を逐一窺うように、ゆっくりと見解を述べる。



「女性としてすごく魅力的でもある。でも俺にとってユーラは家族以上の護るべき存在で、家族としての愛情はあるけど、さすがに恋としては見たりすることは……ないかな。でも俺以外の男性からだったら、いくらでもお付き合いの申し出があると思うぞ」


「そっか、そうなんだね。…………ゼントはこの姿じゃ、愛してくれないんだ」



 ――少女の言葉は、彼の耳に最後までは届かない。


 一方、何も知らないゼントは少しだけ安堵した。

 ユーラが自らの心を砕いて前回と同じ過ちを繰り返さないのだと、不変の瞳を見て実感したからだ。

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