第99話『計画』
――ゼントが夢を見ていた真夜中の頃、
場所は変わってここはとある一室。
そこには、油皿の僅かな灯りを頼りに懊悩を抱くサラの姿があった。
夜の暗澹に反発するかのように、彼女の想いが強弱を重ねる。
次々にあふれ出てくる慕情は、波間に揺蕩い続けていて定まらない。
浮かんでは消える感情の行く先は、ある一点に集約された。
なぜこのような想いで苦しまなければならないのか、サラは知らない。
厳密には、分からないと言った方が正しいだろう。
だが彼の事を妄想すると、自分が惚けた表情をしている事だけは理解していた。
構わず想いのままに続けると段々に譫妄のような状態に入り、気が付くと長い時間を忘れられている。
ユーラ――あの娘が心の底から羨ましく思えた。何も努力せず、彼の傍に居られるのだから。
その過程なんてどうでもよかった。試しにこっそり家を覗くと、女の幸せそうな表情が見える。
この計画が上手くいった暁には入り浸るユーラの問題もあるが、後からどうにでもなるだろうと考えていた。
思えば、サラはこの町ではかなり不幸な人間の部類に入った。
生まれてから物心つくまでは、両親からも愛され、幼き日の彼女も本能ながら愛に応えて育つ。
家族の一員として年の近い弟も居て、常日頃から姉として面倒を見るようにも言われていた。
両親は子に平等に優しく接し、この世界では珍しく幸せな家庭だ。
しかし、ある日を皮切りに彼女人生は、絶望のどん底に落とされた。
とある事故で最愛の両親と、そして守るべきだった弟を亡くしたのだ。
今に至って詳細はサラにしか分からない。そして事故について誰かに語ろうとすることも無かった。
加えて、当時幼かった彼女が確かな情報を分かっているとも限らない。
だが一つだけ確かなこともあった。それはあの日からサラが亜人達を強く憎むようになっていたことだ。
一般の人間が思う煙たがる程度ではない。可能なら、この世界から消し去ってしまいたいほどの憎悪を心の内に持っている。
家も生活も失い。そこからは延々と転落した暮らしだった。
生活の為にはお金が必要だ。どんな手段でも生きるためにはそうせざるを得ない。
誰かに助けを求めることもできず、家族の死を弔い悲しむ余裕すら無かった。
過程をかなり省き結果だけを見るなら、地下で非合法の店で雑用の職を見つける。
外見だけでも分かる悪人が蔓延る世界。悪行が日常のさながら百鬼夜行。
キレイゴトが一切通じない。意味もなく怒鳴られ殴られることも多々ある。
だから、彼女は人の顔色や機嫌を常に窺うようになってしまった。
人の考えが見抜ける能力は望んで得たものではなく、悲惨さが導いた彼女の処世術だ。
元から心理を見破る素質はあった。幼い時から人の仕草を見る癖があって、環境によって強引に
今までの優さ溢れる世界から対極する辛い生活に囚われ、数え切れないほどの涙を呑む。
それでも生きるためだと自分に言い聞かせて、必要最低限の金の為に体を動かした。
しかし倒錯的な雇い主にある言葉を言われた時、とうとう耐え切れなくなって当てもなく店を飛び出す。
後に冒険者という仕事に付けたことは“唯一”とも言える僥倖だった。
なぜなら、その後もサラは“幸せ”を知ることが無かったから、唯一と言えるだろう。
男は容姿と体ばかりが目当てで、常に虫のように煩わしく湧いて寄って来る。
仕事こそは順調だったが、今までの時間が埋め合わされるわけではない。
強いて楽しかった事を挙げれば、ゼントと会話し能力を使って戯れること。
今考えてみると、未だ幼き日に居る弟と無意識に重ねていたのかもしれない。
そのまま手中に収められでもすれば、きっと本当の幸福を味わえただろう。
しかしゼントは別の女性に奪われてしまう。遠目から見てもとても楽しそうだった。
自分の惨い人生と比べて、生きる世界が違うのかもしれないとすら感じる。
それでも諦めきれなかったのは、彼の目が原因だ。
一見素晴らしい毎日を送っているはずなのに、よく見ると輝きが無くどこか虚ろだった。
あいつに弱みを握られているのではないか。あるいは洗脳されている。直感でそう感じた。
自分が、自分こそが彼の隣に相応しい。かつてゼントの満更でもない表情が物語っている。
だから、強硬に対応しようと使い捨てられる三人の手駒を作った。
彼らが何を求めているのかが分かる。だからこそ裏切らないと確信できる捨て駒だ。
サラの持つ杖型の魔術具はその準備の過程で偶然、行商人から大金を払って手に入れた。
通常の戦闘で使うには条件が厳しすぎるが、手順さえ踏めば対象を即死させられる強力な切り札だ。
その条件は彼女しか知らない。他人に知れ渡ると弱点だらけの
しかし、準備が万全を期したところに、暗殺を企んでいたあの人間が無くなってしまった。
一つの目的を見失ったと同時に、彼を再び手に入れる好機が巡ってきたのだ。
◇◆◇◆
なのに――なのに……!!
突然また蛆虫のように湧いてきた女に奪われた。
いや、まだだ。手駒から聞いた話も裏をとっていない。私の観察力が衰えるはずがないだろう。
少なくとも、心の底から一緒に居たいと思っているようには見えなかった。
それに今の彼にそんな事にうつつを抜かす余裕も無いはず。
元々一人の人間を殺すために準備してきたんだ。対象が別の女に変わっただけ。
かつて地下で見てきた奴ら同様、許されざる悪を犯すのだ。でも私にはそれしかできない。
胸の内に確と焦げ付いた想いを解消するには、こうでもしないと私の心を延々蝕み続けてしまうう。
竜の計画がとん挫して時点で狙っていたが、機会が無かったんだ。
再び手の届くところまで現れたのだから、またとない機会。今度こそ確実に仕留めよう。
それが私と、私に適性のあったこの魔術具ならできるはず。
彼も可能なら頼ってくれると言ってくれた。それに、
だから私にできることは、あいつの呪縛から解き放ってあげることだけ。
あなたを遠くへは行かせない……
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