第6話『思惑』

 



「ではお客様、冒険者協会の規則やその他の委細は、こちらのゼントさんに聞いてください。受付からは以上です」



「――ああもう!……おいっ、そこのお前!外に行くぞ!」



 無感情に話すセイラ、対照的に頭を掻きながら不機嫌な感情を露わにするゼント。


 一度は納得したのにも拘わらず、やはり自分の予定を崩された苛立ちはあるようだ。

 ずかずかとした足取りで、傍若無人に真っ直ぐ出口へ向かう。


 二人に挟まれた白と黒の少女は、目まぐるしい変化に振り回され、どうしたら良いのか分かっていなさそうだ。

 どこかに行こうとするゼントと、カウンターに居るセイラを交互に見やる。



「早く来い。置いていくぞ」



「――はっ!……う、うん!」


 呆気に取られていた少女はゼントの声を聞くと、声の方向を見て一目散に走って行くのだった。


 二人が建物の外に出て行く。

 様子を見ていた周囲の連中も、あの異様な少女の登場にかなり訝しげだった。

 何しろゼントが、半ば強制的にとはいえ動いたのである。

 しかし、これ以上見ていたどうしようもないと、いつも通りの光景に戻りつつあった。


 ただ、その中にたった一人、建物の出口をずっと眺め続ける赤髪の女性が居るのを除いて………

 彼女はふらふらとした足取りで、何処かへと行ってしまう……




 一方、カウンター裏ではセイラに問いかける小声がする。



「――行ったか?」


「はい、行きましたよ」



 後ろでその様子をカイロスは、裏に消えたふりをして実際は会話を盗み聞いていた。

 額に手を当て、やれやれとばかりにため息をつく。


「これで、元のあいつに戻ってくれれば、あるいはきっかけにでもなってくれれば、いいんだけどなぁ」



 カイロスは何の考えもなしに、ゼントに指導者の仕事を頼んだわけではない。

 協会の支部長としても、カイロス個人としても、ここ半年の気分が落ちきっているゼントを見ていられなかったのだ。


 初めは、時間でしか彼の心は癒えないだろうと、そう踏んでそっとしておいた。

 しかし、半年たっても変化が訪れないゼントを見て、このままではだめだと感じていた。

 多少強引ではあるが、彼の為を思って心を鬼にしたつもりだ。


 その本来は無いはずの特別報酬とやらも、カイロス個人の懐から出すつもりでいた。


 近くで話を聞いていたセイラは何も言わない。

 彼女もカイロスのおせっかいな性格は熟知していたのだ。




 どこか遠くを眺めるカイロスにセイラが質問する。


「そういえば、書類に書いてあった少女の名前見ました?」


「いんや、見てないけど?」



「…最低ですね」


「何でだよ!?」



 カイロスは、自分が何か大変なことを仕出かしたのかと慌てた。

 そして――先程セイラに貰った書類の、一番下の欄に書かれていた署名を見る。


 名前を見たカイロスは丸く目を見開き、あんぐりと口を大きく開けた。



「あ……」


 短く音を発するカイロス。

 その様子を尻目に見ていたセイラは、呆れたようにため息をついた。


「はあ……これに懲りたら適当に書類を見て承認する癖、直してくださいね」


「いや、そんな事言ってる場合かこれ……どうしよう俺、あいつに殺されたりしないかな?」



「偶然なので仕方がありませんが、骨は拾ってその辺に飾ってあげますよ」


「洒落になんねぇよ!」



 カウンターの裏にこそこそ隠れて、二人がそんなやり取りをしているとは誰も思うまい。

 ……傍から見る限りは、案外いいコンビなのかもしれない。






 ――場所は変わって、ここは町一番の大通り。



 ゼントと少女は、二人きりで通りを歩いていた。


 大通りとはいえ、町自体が小さいものだから、そこまで幅があるわけでもない。

 石畳に整備されているわけでもなく、地面が露出している。

 辺りには、露天に並べられた肉や野菜などの食材屋や、その他に武具屋や雑貨屋などがある


 ここがこの町で一番人が集まる場所だ。

 しかしこの時間は人がごった返しているわけでもなく、ゼントの第一の目的である人探しにはうってつけだった。

 しかし、第二の目的も別として完遂しなくてはならない。



 彼とて少女の異様な風貌を見て、得体のしれない恐怖を感じていた。

 協会には肌の色が人間とは異なった亜人も所属していたので、そこまで奇異な目で見ることはしない。

 だがゼントはどうしてだか、直感的に少女は人間だと思っていた。



 ゼントは後ろに歩く少女に一方的に喋り続けている。

 町ゆく人からはやはり視線を集めるが、無視している。


「……これで、協会の規則はこれで確か全部だったはずだ。まあ、俺も面倒だから守ってない条項も、っておい、聞いているのか?」


 ゼントがふと振り返ると、後ろに付いて来ている少女は、自分より身長の高い彼を見上げていた。

 ただ、返事もなく、随分と惚けた表情をしていたものだから、真面目に聞いているのか気になってしまったのだ。


 ゼントも人探しというやりたいことがあるのだ。

 話を聞いていなかったから、もう一度説明するだなんて、まっぴらごめんだった。



 少女は逆に聞かれたことに対し驚き、取り繕うように言った。


「もちろん!あなた言う事なんだから!」


「――?俺の事を知っているのか?……まあいい」



 見ず知らずの相手に、ゼントの名前や顔を知られたりしていても、何ら変わった事ではなかった。

 最後に活動したのが半年も前とは言え、彼は今も町の有名人だ。


 しかし、今の彼にとってはそれが、自身の行動を制限する桎梏でしかない。


 ゼントは再び前を向くと、歩きながら説明を始めた。



「明日は一番危険な、町の外での採取や討伐の依頼を実際に受けてもらう。一番簡単なものを選ぶから安心しろ、すぐ終わる」


「……うん、わかった、ゼント」



 ゼントは突然、再び後ろを向き立ち止まる。

 そして少女を指差し、注意するように言った



「さっきから気になってたんだが、お前は言わば新入りなんだ。もう少し先輩に対する口調に気を遣え、名前も呼び捨てじゃなく、さん付けをしろ」


「どうしてそんなことしなくちゃいけないの?」



「どうしてって………ああもういい、……えーっと、他の奴らの面子の問題だよ。いいか?俺は一応この町の協会のトップ張ってんだ。そんな奴に新入りが友達口調で話してたら、他の奴らは俺らをどう見る?とにかく変に目を付けられたくないなら、俺に対して敬語を使うんだな」



 実を言うとゼントは、ただ自分が、新入りなぞに呼び捨てにされるのが、個人的に嫌なだけであった。

 これは彼が無駄に高く、そして怯弱な自尊心を持ってしまったが故の発言だった。


 しかし少女は、ゼントの忠告をものともしない。



「もし、突っかかられても、ねじ伏せるから大丈夫だよ!」


「っは!威勢のいいことだな。だがお前の小さな体で何ができる?大人しく俺の言うことに従っておけ!」



「う、うん…えーっと、わ、わかりました…」


「はい、な」



「は、はい!」


 少女は意外とすぐにゼントの言葉に従っている。

 しかし、言葉遣いを急に変えるというのは、まだ難しいらしい。



「………今日はこんなところでいいか。ここで解散する。明日は夜明けと同時に出発する。それまでに準備を済ませて、協会前に居ろ」


 少女は首を傾げる。


「そんなに早く?……ですか?」


「俺はさっさと終わらせたいだけだ。俺はもう行く。じゃあな」



「……はい、分かり……ました……」




 ――気が付いたら、ゼントたちは来た方向と、正反対の町はずれに着いてしまっていた。


 ゼントは少女の最後の返事を聞かずに、さっさと来た道を早歩きで戻って行ってしまう。

 少女は、彼のその背中を一歩も動かずに、ただずっと見つめている。



 その後、彼は第一の目的である昨日の少女の事を、日が沈むまで探し続けていたのだった。


 彼の気持ちはここ数か月の中で一番前向きになっていた。

 それは、間違いなく昨日の出来事のおかげだった。



 そして、理由はそれだけではなかった。

 ゼントが自覚し得ない理由が、もう一つ。

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