第5話『邂逅』
――ゼントは考え事をしていた。
いつものようにテーブル上に顔を付けて、
彼が考えていた事、それは昨日の夜、路地で偶然出会った少女の事であった。
あの少女の箇所は、ほとんどが記憶の中の“彼女”のまま。
彼女に兄弟姉妹が居るとは聞いたことが無い。
でも、もしかしたら少女は彼女の親族なのかもしれない。
であれば、あそこまで似ていたのも頷ける。
あの時少女は言っていた。
泊まる場所は見つけたと、
それは、おそらくこの町の何処かの宿屋だろう。
……この町にまだいるかもしれない。
………散歩がてらに探してみるのもいいかもしれない。
別人であるのは確定のはずだ。
そしてもし、フードの下の顔が似ていたら、
少女に聞いてみよう。
『ライラ』の事を………
彼は顔を上げ、椅子から立ち上がろうとした。
そんな時だった。
頭の上からおせっかいで、やかましいあの男の声が聞こえて来た。
「ゼント!さっさと起きて俺と来い!」
――それは、今やることを見つけたゼントにとっては、面倒の何物でもなかった。
ゼントは、露骨に嫌な顔を男に向け、明け透けな態度で言った。
「何の用だ?」
嫌悪のゼントとは対照的に、支部長カイロスはにっこりとした笑顔で笑いかける。
「言っただろ?仕事だよ。新規の人へ実習教育の指導者になってほしいん――」
「断る」
あいも変わらず彼は即断即決が信条なのか、即答だ。
しかし、カイロスにも考えあっての事だ。そう簡単には引き下がらない。
「まあ、そう言わず少しくらい話を聞いてくれよ」
「俺はしばらく仕事を休むと言ったはずだ。毎日顔だけは見せろと言うから、ここに顔を出しているだけだ」
「そう言ってもう半年だぞ?そろそろ活動を再開しても……」
「他を当たれ、俺は今忙しい。」
「嘘つけ!いつも暇そうにしてるじゃねえか!現に今も……」
「たった今用事ができた」
「そんな都合よく用事ができるわけねえだろ!」
「できたんだからしょうがない」
「じゃあ、用事の内容を言ってみろ!緊急のものじゃないなら後回しにしろ!そうでないなら俺が手伝ってすぐ終わらせてやる!」
「それは………ただの散歩だ」
ゼントはついにボロを出した。
昨日の夜に出会った少女を探したいとは、言い出せなかった。
理由は特に無い。ただなんとなく他人に知られるのは恥ずかしかったから。
彼は意外と小心者なのかもしれない。
カイロスは溌溂と声を張り上げて、言い放った。
「ならぴったりだな!協会の規則やら、依頼の受け方やら、歩きながらでもいいから、あそこに居る女の子に説明してやれ!」
そのとある単語にゼントは反応した。“女の子”という単語に……
当たり前だが、邪な感情からではない。
ただ、可能性を見出しただけなのだ。
――もしかしたら、カイロスの言う、女の子、というのは昨日出会った少女かもしれないと……
カイロスの指さす先には、確かに人影がある。
しかし、建物の柱の影に隠れてしまって、ここからは確認できない。
ゼントは勢いよく立ち上がり、カイロスにわき目も振らず、足早に柱の方向を目指す。
彼の心臓は、昨夜と同じように激しく脈打っていた。
知らずのうちに、呼吸も早くなり、再びめまいも感じ始める。
このタイミングでの珍しい新規入会希望者、可能性は十分にある。
だがゼントが考えている少女が、彼女に関係がある確率は、あまりにも低いというのに、
仮に関係があったとしても、直接何かが変わるわけでもないだろう。
ただ、藁にも縋る思いだったのかもしれない。
そして、ゼントは柱に手を掛け、顔を徐に覗き込ませる。
そこには――
――彼の望む、少女は………………いなかった。
代わりに柱の裏に居たのは、似ても似つかない黒髪の少女。
ゼントに横から覗かれた少女は、突然の出来事に驚いたのか、彼の顔を見た。
――違う。
瞳も、口元も、何もかもが昨日の少女とは違う。
「あの…?あなたが実習教育?をしてくれるん……ですか?」
――ああ、そして声すらも……違う。
少女は、驚いた顔をしながらも、弱々しくゼントに声をかけた。
しかし、彼の方は全くその言葉の内容が頭に入っていなかった。
無理にでも昨日の少女と似ている点を挙げるとするならば、精々が背格好と口調くらいだろう。
ゼントは表情には落胆の様子を見せず、ただ視線をゆっくりと落としていく。
後ろからカイロスが、ゼントの背中を小突く。
「そんないきなり活発になるほどやりたかったのか!じゃ、あとは任せたぞ!」
「おい!俺はやるなんて一言も言ってないぞ!」
「これ以上何もしないようなら、協会に貢献してないとして、除名処分にしてやってもいいんだぞ?」
「なに!?それは卑怯だぞ!」
「いいだろー?今日と明日、二日だけこの嬢ちゃんに基本的な事を教えるだけでいいんだぞ?それに、ろくに仕事もせず、そろそろ手元の金も、底をつくんじゃないか?特別報酬を出してやるから、な?頼むよ。」
「……食えない野郎だ。痛い所を突きやがって……」
「っんじゃ、そういう事であとは任せた!一度経験してるから仕事内容は分かってるだろう?」
「報酬ふんだくってやる!覚えてろよ!」
最後にゼントは、そう言い放ったが、負け惜しみに過ぎなかった。
実際、ゼントの所持金はあと数日分持つかといったところだったので、彼自身も危惧していたところだった。
二人の幼稚な言い合いはようやく決着が付いた。ゼントの完敗である。
いや、幼稚なのはゼントだけだった。
カイロスは、わっはっは、と笑いながら受付カウンターの奥に消えていった。
その場には、ゼントと異様な少女、
そしてそれを後ろから眺めていたセイラだけが残った。
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