第4話『協会』

 



 ――受付の銀髪の女性は、その白と黒の少女が目の前に来ても、動揺はなかった。



 その受付の女性というのも、なかなかに個性的な見た目をしていた。


 彼女の名は『セイラ』、やや釣り目の三白眼、髪は均等に短く切りそろえ、一言で言えばできる女と言えるかもしれない。

 協会の従業員にだけ支給される紺の服を身に纏う姿は、受付係として様になっている。


 今彼女の目の前に居る少女ほどではないが、それでも初めて彼女を見た者なら、一瞬後ずさるだろう。


 その理由は、彼女の極限にまで白に近い銀髪――


 白い毛髪というのは、この町に限らず大陸全土で忌み嫌われている。

 その白い髪を持つ人、彼らは“呪い子”と呼ばれ、一般的にこの世に居るだけで厄災をもたらすと言われている。


 それは、元をたどれば宗教的な考え方のものだった。

 しかし今でもその考えは人間達に根深く浸透している。



 彼女の髪を近くで見たのなら、色が白ではなく銀色だという事が分かる。

 しかしそれでも、建物に入って真っ直ぐ正面の奥にそのような人物が居たら、驚かざるを得ない。


 もしかしたら中には驚かせられたことで、彼女にいちゃもんをつけてくるような輩も居るかもしれない。

 でも今となっては、彼女の事は町では周知されており、問題になるようなことは無い。


 そういえば、白と黒の少女はこの場所に来るのも、セイラを見るのも初めてだったようだ

 しかし、少女は一切驚くようなそぶりは見せなかった。



 そんな、どちらもポーカーフェイスでの相対は、周囲の注目を少なからず集めた。


 受付カウンターに居たセイラが、こちらを見ながら来る少女を認識する。

 彼女はどんな場合でも、いつも先手を取り先に話しかける。



「こんにちは。お客様は、どうやらここが初めてのようですね。本日はどのようなご用件ですか?」


 いつもと変わらないとばかりに、セイラはマニュアルに従って淡々と事務をこなす。

 そこに一切の私事は無く、悪く言えば機械のように無感情であった。



「私、冒険者になりたいんです。ここに来ればなれるって聞いて………」


 この建物で初めて発した少女の声はどこか弱々しく、立ち振る舞いの割には惰弱であった。

 しかし、少女の見た目相応とは言えるだろう。



「…左様ですか。ではこちらの書類に必要事項をお書きください。

 ……文字の読み書きはできますか?」


「問題ないです」


 そう言ってセイラは少女に、皮紙と羽ペンをカウンター越しに渡した。


 この世界には教育機関などがあるわけではないが、識字率がそこそこはある。


 書類を作成したりするには、文字を読むこととは別に、書くことも必要になるため全員ができることではない。

 一般的に文字が読める人でも、精々自分の名前が書ける程度だ。


 故にセイラはマニュアルに従って、その文言を必ず聞く。


 書類には最低限、自身に該当することに丸を付けるのと、最後に署名するだけでいいので、比較的誰でもできる作業と言えるだろう。


 もし読み書きができなくても問題は無い。

 セイラに口頭で質問され、その名前や回答を彼女が書類に書き込むと言った具合だ。



 そして最後に書類の一番下、名前を書く欄に少女は羽ペンを滑らせる。

 そこに書かれた少女の名前を見たセイラは、そこで初めて反応を見せた。


「――ほう……」


 短く、そう一言だけ彼女は呟いた。


 紙に全ての欄に記述した白と黒の少女は、書いた書類を羽ペンと共にセイラに手渡す。


「……これでいいですか?」


「はい………何も問題ありません。もし後日に虚偽の記載があった場合は、冒険者資格の剥奪がありますが、これでよろしいですか?」


「大丈夫です」


 相変わらずセイラの様子は淡泊だ。

 彼女は書類に記載されたとある欄を流し目で見た。


 そこにはしっかりと書かれていた。


[種族=人間] と、


 いつもセイラは、そんなことをいちいち確認したりはしない。

 人間なのか、「亜人」なのか、それは大体外見を見れば分かるからだ。


 しかし、少女の外見は亜人と言われても不思議ではない。

 表面上は無関心を貫くセイラとて、気にせずにはいられなかった。


 別に亜人だからだと言って、何かあるわけでもないが念のための確認だ。

 しかし、目の色形や肌の色と言い、どうしてももう一度間違いなく確認しておきたかった。


「……失礼ですが、種族は“人間”でお間違いないですよね?」


「はい…それが何か?」


「いえ………」



 一瞬、場には気まずい空気が流れそうになる。

 しかし、セイラは言葉が詰まりそうになるも、次の話題に切り替える。



「ご用件は承りました。新規入会者には協会規則で実習教育を受けていただきます。このあとに何かご予定はありますか?」


「何も無いです」


「では、この場で少々お待ちを………」




 そうこうしているうちに、セイラが居るカウンターの奥から、一人の男がセイラに近寄ってきた。


 随分と肩幅が広く筋骨隆々といった特徴を持つ、その大男の名は「カイロス」、

 セイラと同じ紺の業務服を身に纏い、明るい茶色の髪。

 この冒険者協会ルブア支部の支部長だ。

 彼女と同じデザインの服のはずなのに、体格が大きすぎるせいで、全く別物に見えてしまう。



「セイラ!何かあったか?」


「はいこれ新規入会希望者の手続き書類ですあとは任せました」


 セイラはその声の存在に気が付くと、すぐさま後ろに向かって、手に持っていた書類を押し付けた。

 そして早口で必要事項だけを疾く申す彼女は、受付での対応より明らかに不愛想だ。


 しかし、男の方は怒る様子もなく、呆れ半分にセイラに言った。


「セイラ………おまえ……俺にも、もうすこし愛想よくしちゃあくれねえか…?」


「嫌です」


 彼女はつんとした様子で即答し、そっぽを向いた。

 しかし、それもここではよく見る光景だった。


 男も気にする様子は無く、手渡された書類に軽く目を通したふりをする。

 そして、目の前の少女にやさし気に語り掛ける。


「お嬢ちゃんが入会希望かい?指導者をすぐ見繕うから、ちょっくら待っていてくれ」


 その男とて少女の見た目には驚いたが、見た目が珍しいだけでそれ以外は特に何の変哲もない。

 ただでさえ人が少ない協会に、入りたいと言ってくれるだけでかなりありがたかった。



 男はその指導者を建物内から探すようなそぶりをしている。

 しかし実際、彼は辺りを流し目で周囲を見渡しているだけだ。

 なぜなら最初から、誰に次の実習教育を頼むのか、彼の中ではもう既に決まっていた。


 協会内部にある飲食店のテーブル上で、いつも暇そうにしている輩が一人いる。


 男は彼が居るテーブルに、わざわざ近づいて大声で言った。




「おい、ゼント!さっさと起きて俺と来い!仕事だ!仕事!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る