第9話 契約

目を覚ますと巨大な虎と目が合う。

ぎょっとなって思わず固まり……最悪の状態だった事を思い出した。


「ふむ。死んだ後体が消滅し、一分後に同じ場所で蘇る訳か……」


ドラコがその大きな眼で、俺を興味深げに見つめながら呟いた。

どうやら此方の状態を観察していた様だ。

虎なんだからネコ科特有の気まぐれでどこかに行ってくれれば助かるのだが、望みは薄そうだ。


「さて。より良い答えが聞けるまで、私はお前を苦しめ殺し続けよう」


それはきっと嘘や脅しではないのだろう。

背中に冷たい汗が流れる。


「それこそ何日、何か月でもな」


そういうと、ドラコは無造作にその巨大な腕を振り上げた。


「ま、待ってくれ!」


俺は大声で叫ぶ。

最終的に折れる事になるのなら、粘って痛い目を見るだけ損だ。

出し抜いて逃げる事が出来るとも思えない以上、さっさと降参するのが一番だった。


「眷属になる気になったか?」


「わ、わかった!なる!なるから!その手を下ろしてくれ!」


「良いだろう」


ドラコは口の端を歪めて笑う。

口からぶっとい牙が見えて、笑った顔の方が怖かった。


「け、けど……俺なんかを眷属にしてどうするつもりなんだ?」


確かに俺は死なない。

だが言い換えればそれだけだ。

レベルの事を話していない以上、ドラコから見ればそれ以外の能力は普通の人間と差異はない筈だ。


なんで俺なんかを眷属に……っていうか、そもそも眷属ってなんだ?

なるとどうなるってんだ?

まさか俺もトラみたいになっちまうのか?


「貴様を眷属にするのは、外の世界を見て回る為だ」


「外の世界?」


森の外の事か?

だったら自分の足で見て回ればいいだけの話だろう。

俺を態々眷属なんかにしなくてもいい筈。


「私はこの聖域近辺から離れられぬ身。だが此処は退屈でな。そこで貴様を利用して外の世界を見て周ろうと思っている」


自分は森から出られないのに、俺を利用して外の世界を見る?

それって視界を共有したりするって事だろうか?

だとしたら嫌だな。


急にドラコが目を瞑る。

すると額の宝玉の様な物が輝き、光を放つ。

放たれた光はやがて収束していき、人の姿を形どっていった。


それを見て、俺は思わず視線を伏せる。

何故なら……そこに現れたのは輝く銀の髪と、怪しく光る金の瞳を持つ。


――全裸の美女だったからだ。


「これは私の分身だ」


「え!?」


一瞬しか見ていないが、現れた女性は人間にしか見えなかった。

いや、そう言えば尻尾の様な物があった気もするが……

俺は恐る恐る視線を上げる――


「あ……」


視線を上げたその時、女性は銀の毛皮の様な物を体に巻き付け身にまとっていた。

ざんね――じゃなかった。

これで目のやり場に困らずに済む。


「照れ臭そうにしていたのでな」


「……」


口調から分かる。

こいつは絶対俺の事を揶揄からかっていると。


「お前には眷属となって、エネルギー源になって貰う」


「エネルギー源?」


まさか俺の事。ばりばり頭から喰らうつもりじゃないだろうな?

スキルで痛みに耐性が出来てるとはいえ、そんなのごめん被るぞ。


「安心しろ。別にお前を喰らう訳ではない」


表情に出ていたのか、ドラコが俺の考えを否定する。


「分身の活動には大量のエネルギーが必要になる訳だが、離れた分身を維持する為のエネルギーを直接送る事が出来ないのだ。だが分身は駄目でも、眷属になら送る事は出来る。そこでお前には、分身維持の為の中継点を担ってもらう」


成程、エネルギー源てのはそういう意味か。

びっくりさせんなよ。


「さて、腕を出せ」


ちょっと不安だったが、俺は素直に腕を前に出す。

逆らってぶっ飛ばされても敵わないからな。


するとドラコは口を開け、俺の腕に噛みついた。


「いってぇ!」


かなり痛い。

だがその痛みは腕を噛まれたというより、どちらかと言えば何かを体の中に注入されている様な痛みだった。


「ぐ……あぁ……」


体が熱くなる。

鼓動が跳ね上がり、息も上がる。

意識がぼーっとしてきて、立っていられずふら付いて俺は尻もちを搗いた。


「あ……あぁ……」


俺の口の端からだらしなくよだれが垂れた。

次第に視界が霞み。

声にならない呻き声を上げながら、俺は気を失ってしまう。

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