re: 初恋
気づいたころには、その慣れた威圧に体が動かなかった。違うのは、自分の手ではなく、相手に帰属しているということだ。それは、銃口の中からじっと自分を見つめる漆黒と、ほとんど区別がつかないほど真っ黒なバレルに飛び出たシリンダー。
明らかにその銃を持ち合わせているのは───目の前の人間であって。
先ほど手にしていた自らを生死を判断する権利は相手に渡っているわけで。
すぅ───ふぅ───
喉から肺を通じて、深くまで呼吸を整える。身体中の管を通じて、脳に血が供給される様子は、新たな酸素に刺激され、もともと内在していた古株の酸素たちも同時に、本体へと収集されているようだ。冷静な思考が今にも孵化しようと、脳髄の奥底で蠢いている。深呼吸が、脳に迫真の合図を送ったのだ。男の無意識はとうに消えていて、銃口に気づいてからだろうか、男は自分の考えを突然と、意識下に置き始めたのである。さきほどまでの自慰行為とも言える狂気を終えたからなのか、不思議と男は冷静さを取り戻しつつあった。
───さて。
ここからどうすべきか。まず自分の手元にあるオートマチックに相手は気付いているのか。どちらにせよゆっくりと音を立てず銃口を向こうに...
男が繊細な指使いで手元の銃口を相手にむけようとした途端のことだった。
───カチャ
ハンマーを引いたであろう音が、テーブル下の小さい空間に響き渡った。男は不思議な感覚に陥る。まるで、分裂症に陥ってしまったかのような。目の前の人間はなにもかもを見透かしていて、物理的な視覚が空間の至る所に存在しているのだ。そして無数の眼たちは、つむじから足の爪、産毛から心臓の鼓動に至るまで、じっと見つめているに違いないのだ。
「次は撃つ」
こちらを見つめる銃口が、そう呟いたように聞こえた。
どうやら、これ手元の銃を奴のリボルバーに1ミリでも傾けてしまえば、いやきっとそのような思慮に至った時点で、引き金は引かれることとなるだろう。
そう思った男は、喉が発する音、どんな動作にも気を配ることにした。
「顔、上げて」
体を捻らせたまま、正体不明の下半身をみつめる男の耳には、テーブルを介して、そう届いた。
男はゆっくりと体を持ち上げる、丁寧に、銃を動かさないように手首を固定し、なにより相手への敵意を示さないために。
にょっきりと、小さい動きを重ねに重ね、男の肉体というのは立ち上がった。
体を持ち上げきった男は、そこで初めて、そこにいる相手を認識した。
───美しかった。
しかし男だとも女だとも言い切れない、至って中性的な容貌であろうと、男は思った。
「今から、選択肢をあげるつもりだ」
男は固唾を飲む。正面の人間が放つ一言で、周り全ての時間が止まったように思えた。
「今死ぬか。明日死ぬか。」
特に根拠はなかった。ただこの正面の男、というより真っ直ぐとこちらを見つめた瞳には嘘はないと、そう感じ得た。数秒が経って、男は決めることになる。その合図は、氷の接合が溶ける涼しい音とともに。
─────────からん─────────
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