第55話 悲しみを吐き出して

「じゃあ覚えていること、話せる範囲で構わないから教えてくれるかな」

「はい。……あの日、私はお父さん、お母さんと朝から畑に行って、リルファは家でお留守番をしていました。うちの畑は村の西側にあるんですが、その畑のさらに西側は森になっているんです。たまにウサギや鹿などが出てきたりしますが、これまで危険な動物が出ていたりすることは一度もありませんでした。もちろん、事件なども一切なく、小さな村でしたが平和な村でした」


 少し俯きながらゆっくりと話し始めてくれた。


「作業を始めてから2時間くらい経って、一度休憩を挟もうかとしていた時です。お父さんとお母さんと一緒に、日陰に入るため森の方へ移動すると、森の方からガサガサッと音がしました。音の鳴る感じからウサギじゃなくて大きめの鹿かなと思っていたんです。鹿でも突進されると危ないから喋るのをやめて、音の鳴った方に注意を向けながら移動しようとしたんです」


 少しずつエイミーちゃんの呼吸が大きくなってくる。


「そしたら『グルルルル』というような唸り声が聞こえたので、鹿でもウサギでもない事が分かりました。魔物かもしれないと思い、お父さんとお母さんと音を立てないようにしてその場を離れようとしたら、森から黒い大きな魔物が飛び出してきて、お父さんに襲い掛かったんです」


 更に呼吸が荒くなり、目に涙が溜まってきている。

 止めるべきかと思ったけど、ずっと辛い体験を1人で抱えているよりは、今ここで吐き出してしまった方が今後の為になると思い、止めずに話してもらうことにした。


「大きなライオンみたいな魔物はお父さんよりも大きくて、前足で押さえつけられたお父さんは動けなくなりました。でもお母さんがお父さんを助けようと魔物の方に向かっていきました。私は驚いたのと恐怖で動けませんでした。お母さんは魔物に近づいて、鍬を掲げて『放しなさい!』と言いました。魔物はお母さんを見て、後ろ足2本で立ち上がったかと思うと、前足でお母さんを叩きました。」


 エイミーちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。

 それ以降、止めどなく溢れてくる。

 エイミーちゃんだけでなく、リルファちゃんもサラさんご夫婦も、もちろんオレも涙が止まらない。

 鼻をすすり、噎び泣きながらも話を続けてくれる。


「突き、飛ばされた、お母さんは……、動かなく、なりました。魔物は、その後、お父さん、の上にまた着地して押さえつけて、……、お父さんも……、動かなくなりました。ううぅぅ……」


 オレは今この子にとても辛い思いをさせている。

 両親が殺されるところを思い出させて話させている。


 でも、一人で抱えているよりは、表に出して思い切り泣いた方がいいと思った。

 オレも両親がいなくなった時に、グウェンさんにそうしてもらったから。

『悲しいのは当たり前なんだから、思い切り悲しんで、思い切り泣くのだ。それは何も恥ずかしいことじゃないし、当然のことなのだ。そうしないと笑える日はこないのだ』といって、オレを優しく抱きしめ、一緒に泣いてくれた。

 あれがあったから、オレはその後、笑える日が来たんだと思う。


 だから、オレも先輩としてエイミーちゃんに同じことをしてあげた。

 優しく抱きしめながら、グウェンさんの言葉を借りて。


「辛いことを思い出させてごめんね。でも、悲しいのは当たり前なんだから、思い切り悲しんで、思い切り泣いていいんだよ。それが当然のことなんだから。しっかり悲しまないと、これから笑える日が来なくなっちゃうから、今、全部出してしまおうね」


 エイミーちゃんは頷きながらオレに縋り付いて、声を出して泣き始めた。

 頭や背中を優しく撫でながら、

 リルファちゃんはサラさんの膝の上に乗った状態で抱きついて泣いていた。

 全てを出し切るまで、何も言わずに胸を貸した。


 しばらくして、エイミーちゃんもリルファちゃんも少し落ち着いてきたようだ。

 エイミーちゃんがオレの胸から顔を離すと、涙と鼻水で顔がずぶ濡れだった。

 旦那さんが持ってきてくれたタオルで拭いてあげると、オレの服の惨状に気が付いたよう慌てて謝ってくる。


「ご、ごめんなさい。汚くしてしまってごめんなさい! 弁償いたしますから! ごめんなさい!」

「気にしなくていいよ。オレも両親がいなくなった時に、ある人に同じようにしてもらったんだ。辛い感情も表に出してしまった方が少し楽になるからね」

「ヴィトさんも……?」

「そうだよ。だから全部じゃないけど、気持ちは分かるよ」


 もう1度優しく抱きしめて頭を撫でる。

 両親が殺されるのを目の当たりにし、自身も深い傷を受けて絶望したことだろう。

 それでも妹を残しては死ねないと、今日まで何度も何度も悩んだのだろう。

 それが今泣いたくらいで全て解消できるわけではないが、胸の内に溜めておくよりずっとましなはずだ。


「ありがとうございます……。悲しさや悔しさはまだあるけど、泣いていいんだって言ってくれて嬉しかったです……」


 再び目に涙が溢れてくるが、今度は少し笑顔だ。


「うん、泣いていいよ。いつでも思い出したときは泣いていいからね。でもその時は一人でシクシク泣くんじゃなくて、オレでもサラさんでも旦那さんでもいいから、誰か大人と一緒に泣こうね」

「わかりました。ありがとうございます!」


 泣いて少しスッキリしたようだ。


「話の途中でごめんなさい。続きをお話しますね」

「うん、お願いするよ」


 お茶のコップを渡し、一息ついてから話すよう促すと、頷いて喉を潤し、続きを離してくれた。

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