第56話 言えなかったありがとうを、今

「お父さんが動かなくなった後、魔物は私に向かって来たんです。でも、それからの事はあまり覚えていないんです……、ごめんなさい……。見えなかったから」

「大丈夫だよ。覚えている所だけでも教えてくれたら嬉しいよ」

「はい。黒い魔物が凄い速さでこちらに来たので驚いて多分転んでしまったんだと思います。そしたら顔と腕に衝撃がありました。その後は顔と腕が段々熱くなって、よく前が見えなくなったんです。顔が濡れているし血が流れているのがわかりました。何とか目を開けようとしたらお腹の辺りが重たくなって、お父さんと同じように押さえつけられているのが分かりました」


 再び呼吸を荒くして少し震えるエイミーちゃんの背中を擦ってあげる。


「殺されると思って大声で叫んだんです。そうしたら、ガサガサッてまた森の方から音が聞こえ、ドタッと私の近くに着地するような音がしました。多分もう1匹いたんだと思います。でも、多分そのもう1匹の方が『ガァー!』と叫ぶと、お腹に乗っていた重みが無くなりました。そして、またガサガサッて音がして静かになったので、魔物は森の方へ帰っていったんだと思います。その後のことは私も気を失ってしまって、気が付いたら隣のおじさんの家だったので、わかりません」

「エイミーちゃん、ありがとう。本当にありがとう。魔物が2匹いたかもしれないんだね。それは大きくて黒いライオンみたいな四足歩行のやつなんだね。そして、森から出てきて森に帰っていったと。凄く重要な情報だよ。ありがとう!」

「い、いえ、そんな……。結局見えてないし、覚えていないので……」

「いや、姿形の情報があるだけでもありがたいんだ。やっぱり未知の魔物かもしれないし、普通の巡回部隊では危ないかもしれないから、オレが行ってくるよ」


 もちろん皆に協力を仰ぐつもりだ。


「でも、危ないです!」

「こういう時の為にオレたちは神様に力を貰ったんだ。放っておくと他の村人にも被害が出るかもしれないからね。とりあえず帰りにギルドに寄って今の情報を伝えて、明日にはブロックホーン村に向かうよ」

「はい、ありがとうございます……。でも本当に気を付けてくださいね……。ヴィトさんに何かあったら私、私……」

「大丈夫。気を付けて行ってくるよ」


 早いうちに情報共有をと考え、サラさんと旦那さんにお礼をしてすぐにギルドに向かって報告をした。

 なんと今日、セラーナがギルドに呼ばれていたのもブロックホーン村の事らしく、“ブルータクティクス”に調査と討伐を正式に依頼したらしい。

 どっちみち行くつもりだったしちょうどよかった。

 受付の人に情報をギルドマスターにも伝えておくようお願いし、オレも帰宅することにした。


 帰り道でふと考える。

 あの時グウェンさんがしてくれたことに改めて感謝しなければと思った。

 思えば照れくさくて、あの時の事をきちんとお礼したことがないかもしれない。

 帰ったらグウェンさんにちゃんとお礼を言おう。


 ◆


 皆がいるであろうリビングに入る。

 プラントさんとタックが目に入る。

 ススリーは自室かな?

 セラーナはキッチンかもしれないな。

 グウェンさんは……いた。


 ソファの背もたれに足をかけ、上下逆さまの状態だ。

 着衣は乱れて太もも辺りまで裾は上がり、お腹も出ている。

 ソファの下にはお菓子のゴミや食べカスが散らかっている。

 だらしなさの極みがそこにあった。


「あ、ヴィトぉー、おかえりー」


 逆さまのままこちらに顔を向けて言ってくる。

 改まって言うのもやっぱり照れ臭いし、このままでいいか。

 感謝の気持ちで帰りに買った髪留めの箱を顔の横に置き、逆さまになったままのグウェンさんと真っ直ぐに目を合わせて伝える。


「グウェンさん、今更だけど、どうもありがとう。グウェンさんのおかげでオレは楽しく生活することが出来ているよ」

「えっ? えっ?」


 それだけ伝えて自室へ着替えにいく。


「えっ? なにっ? なにがあったのだっ!? ちょっとヴィト!? もう一回言ってほしいのだー!」


 後ろの方で何のことか分からずあたふたしながらも喜んでいる様子が窺えるけど、説明するのはちょっと恥ずかしいので放置することにした。

 とりあえずエイミーちゃんの悲しみの跡を流してして、明日の準備をしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る