第5話 快楽至上主義

何か、初恋がどうとかこうとか、言っている奴を路上で見かけたから、そいつの脇腹をサバイバルナイフで深く刺したのだ。


初恋なんて許されない。


だいたい、恋がどうとか、人を好きになるとか、誠の愛を捧げますとか、そういうものに、全く縁がない人間からすると、何の感興もないどころか、目の前の壁を、一匹のゴキブリがカサカサと動いていくのを、見るに等しい不愉快さがある。


路上だ。時間は深夜2時。

こいつはスーツを着ていて、顔は猿に似ている。白目を剥いて、舌をだらりと出している。


血溜まりに倒れている。


こいつは、深夜2時の路上をふらふら歩きながら、初恋の先生がどうとか、フラれて自動的に走っていたとか、そんなことを言っていたし、酷く大きな声で、公共の場所で言うのは憚られるような、卑猥な言葉を大声で連呼していた。


ありえない反社会性である。


だいたい、世の中には恋愛とは無縁でいることを余儀なくされている人間が、夥しい数、実はいるのだという、そういう想像力はないのか。


あまりにも無神経だし、人を傷つけることを何とも思わないのだろう。


それで、そういう奴に限って、人情派みたいな面をしたがる。


恋愛の話をしたり、お涙頂戴の感動話をありがたがって聞いたり、賛美したりする。


全米が涙とか。


正気とは思えない。


狂っているとは言わないが。


まともではない。


映画館では下半身裸が推進されている。


すなわち、恋愛映画を見ながら、感動巨篇を見ながら、下半身ではチンポコとマンコが結合し、絶え間ない快楽が、発生しているのだ。


存分に獣性を発揮した人々は、映画館から下半身裸のまま、ぞろぞろと出てきて繁華街を歩く。


そのまま近くに必ずあるラブホテルに当たり前のように入り、また、結合する。


粘膜ヌチョヌチョ。


それが、気持ちいい。


気持ちいいのが、正義。だから、いい。


それに美しい愛の物語も、大スクリーンでは進行中。


映画の中のカップルもセックスを始めたりして。


つまり、スクリーン上のセックスと、観客たちのセックスがシンクロし、絶妙な快楽ハーモニーが奏でられるのである。


パン!パン!パン!

激しい音だ。


これは重要文化財といって過言ではない。


不愉快なボサボサ頭、髭だらけでボロボロの服を着て力なく歩くルンペン男性を、屈強な若い男たち、上半身はカジュアルなアロハシャツ、下半身は裸、そんな若い男たちが、鉄パイプ片手に滅茶苦茶に暴行する。


顔の原型はない。内臓が全て破裂。血溜まりに倒れたルンペンの手脚は滅茶苦茶に折れ曲がり。


気持ちいいだけあればいい。


不愉快消えろ。


気持ちいいが好き。


若い男たちは、剥き出しの下半身を発情させて、堂々と交番前を通過。


警察官たちは、尊敬するような目をして敬礼。


若い男たちの後ろ姿。


筋肉の付いた、剥き出しの締まったケツを、警察官たちは真面目な表情で、敬礼して見送る。


社会正義の実現への市民たちの協力には感謝しかない。


俺は自販機でコーラを買い、一気に飲んだ。誰かに聞いて欲しくて相談ダイヤルに電話して、向こうが、


はい、相談ダイヤルです


と名乗った瞬間に、盛大にゲップをした。


それで電話は切った。


相談なんてしても、何も、根本的なことは、解決しない。


金をくれるわけでもないし、相談されて、同情するのが仕事で、それで金を得てる連中は死んだ方がいい。


その方が世の中良くなる。


とはいえ、こんなこと、この白目を剥いて舌を出している奴にやったようなことを、例えば後二回繰り返したら、永山基準に照らして死刑判決となるのだろう。


日本は法治国家だから、別段、そこに異論はないが。


気色悪いことに、変わりはない。


初恋なんて知るか。他人なんて好きになる理由がない。


くたびれているときに、他人さえいなければ、自由に、電車の席に座れる。


地蔵みたいに微動だにせず席に座ってスマートフォンを凝視している他人なんて、死ねよとは思うが、好きだと思うことは、絶対にない。


あんな連中よりも犬や猫、ペットたちの無邪気な様子を見る方が好きだ。


純粋に可愛いと思うし、撫で撫で、優しくして甘やかせてあげたいと、思う。


実家にいるパグ犬の花子は凄く甘えん坊。


毎回帰省するとキャンキャン叫びながら突進してきて甘えてくるから可愛い。


ペットという存在があってよかった。


ペットという制度を作り出した人は天才だし、永遠に称えたいと、心から思うので、誰かがその人の名前なり現住所なりを教えてくださればいい。


もしもその人が困窮しているならば百円くらいなら寄付してもいい。

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