第18話 襲来

 惑星ヘレネーの月「スティクス」に近づく小天体、光る尾を引きながら近づく彗星に似た物体。軍の監視衛星がいち早く察知する。


星礁天体せいしょうてんたい」と呼ばれる直径500mほどの巨大な天体がスティクスに接近していた。


「観測衛星より、スティクス防空圏内に敵性天体を確認」

 アムレート市基地管制官が司令に緊急報告。


「なぜもっと早く気づかったっ‼」


「わかりません、突然、出現しました。敵性天体、解析結果出ました! これは……『礁核体しょうかくたい』、大きい……星礁天体せいしょうてんたい中心部に『礁核体しょうかくたい』を確認!」


「っ⁉ 礁核体しょうかくたいまで、まさかっ⁉ ヘレネー以外で礁核体しょうかくたいが、現れただと、バカな……」


「間違いありません。観測の結果、天体中心部にエネルギーを供給する個体が存在しています。これは礁核体しょうかくたいです!」


「落着予測地点、アムレート市! まっすぐこちらへ向かって落下してきます!」


「よりにもよってこんな時に……避難命令!」


 突然、アムレート市中にサイレンの音が鳴り響く。道行く人々は何の前触れもなく鳴らされたサイレンに、何事かと戸惑いながら足を止め、流れる放送に耳を傾ける。


「現在、アムレート市付近に敵性天体が接近中です。市民の皆さんは直ちにシェルターへ避難を開始してください。繰り返します――」


 その放送を聞いて、街の中は騒然となる。行われていた競技が中止され、各会場にいた観客たちも大慌てでシェルターや宇宙港へ向かって逃げ出す。


 訓練2日目の朝に突然鳴り響いたサイレンに、訓練の準備を進めていた訓練生たちも何が起きたのかと動揺する。

「なんだ?」

「え? 警報⁉」

「防空警報だ」

「おいおい何だよ、訓練か、なんか聞いてる?」

「いや、なんも聞いてない」


 訓練生たちは、SWG輸送艦に乗艦するために宇宙軍港のターミナルで待機していた。戸惑いながら状況を確認しようと携帯する端末機器を見る。しかしノイズが入り通信が繋がりにくい状況になっていた。


 と、刀島とうじま隊長が早歩きで訓練生たちのもとへやってきた。至って冷静ではあるが、いつにもまして眼光鋭く訓練生を見つめるその様子から、深刻な事態を起きていることが読み取れ、場の緊張感が一瞬にして高まる。


「訓練は中止。今、敵性天体がこのアムレート市に接近しているとの報告が入った。我が隊は市民の避難誘導に当たる。これは訓練ではない、いいな! これは訓練ではない。各員、覚悟して当たれっ!」


「自分たちも戦わせてくださいっ‼」訓練生数人が隊長の刀島とうじまに訴える。


「バカを言うなっ‼ 訓練を始めてまだ1年ほどのお前たちに何ができる。昨日のあのザマで何を言うかっ‼ 足手まといになるのがオチだ。いいか、これは上からの命令だ。今、アムレート市には100万もの市民が滞在している。それを速やかに避難させるのも人命保護の重要な任務だっ‼ わかったなっ‼」


「「「「「「ハッ」」」」」」 


「我々は北地区の避難誘導の担当する。各員、班ごとに動け。A班は23番シェルターに続く南通りの橋で避難してくる市民の誘導、B班は――」


 アムレート市基地が迎撃態勢に入る。

 迎撃ミサイル、レーザー砲、ビーム砲、レールガン、降ってくる〝彗星〟に向けありったけの火力を撃ちこむ。


『全弾命中』と防空指令所隊員が報告するがしかし、煤煙ばいえんを抜け出し彗星がほぼ原型を維持したまま尚もアムレート市目掛け落ちてくる。


 密集し表面に壁を形成している「星屑体せいせつたい数十体を破壊するも、敵の〝核〟にあたる「礁核体しょうかくたい」には、まったく損傷が認められない。


 迎撃部隊が上空に打ち上げられ、アムレート市上空で戦端が開かれる。


 ロケットエンジンで軌道上空まで上昇し駆逐艦3隻が星礁天体せいしようてんたいへ砲撃を開始。


 さらにSWG輸送艦2隻から〈ドラグーン〉64機発進、アムレート市への落着を阻止すべく隕石破砕用の爆撃を敢行。


 アムレート市上空に大きな光の球体とが止むことなくまたたき、空を白く明滅させる。


 しかし繰り返し迎撃を試みるが、敵を破壊することができず突破されたとのほうが司令部に入る。


 スティクス地上からの対空砲火と迎撃部隊による攻撃で、わずかに軌道をずらすことにかろうじて成功。おおよそ直径500mの〝隕石〟星礁天体せいしようてんたいがアムレート市から北東80km地点に落着する。衝突による衝撃が地上に伝わっていく。アムレート市にも地響きが襲い、大きく揺れる街の中で人々は混乱に陥る。 


 すぐ迎撃部隊第二陣が出撃、アムレート市から北東50kmの地点で敵と接触、交戦状態に入る。


「先行部隊、敵と接触。星屑体せいせつたいと交戦を開始。礁核体しょうかくたいが露出!」


「やはりただの隕石では、なかったか……」


礁核体しょうかくたい、データにありません。未知のタイプです」


「なんだあれは……まるで火山の噴煙……」


 高さ400mを超える一際大きな物体が姿を現す。噴煙のように大量の塵を纏い、てっぺんは傘を開いたような形した異形いぎょうの姿。絶えず赤い稲妻がその表面を走る。


「あの礁核体しょうかくたい灰神楽はいかぐらと呼称。CRESクレスパイロットは?」


CRESクレス機、アラートハンガーに駐機されていなかった模様、ハンターズ隊が現在出撃準備中です」


「急がせろっ‼」


 落ちた小天体から無数の破片が分離、それらが亡霊のようにうごめき大群となって押し寄せてくる。礁核体しょうかくたい灰神楽はいかぐら〉が無数の亡霊たちの後ろからゆっくりアムレート市に向かって動き出す。


 砲台からレーザー砲、ビーム砲が放たれる。続いて実体弾による砲撃とミサイルが発射。 


 しかし、〈灰神楽はいかぐら〉からハリネズミのごとく放たれる無数の自由電子レーザー光線によって、砲弾とミサイルが敵に届く前にすべて迎撃されてしまう。レーザー砲及びビーム砲が直撃しても、敵の装甲を貫けない。


 下端から稲妻を幾筋も放ちながら浮遊する星屑体せいせつたい。亡霊や物ののような異形いぎょうの物体がまるで雷でできた袴の裾を引きずるようにゆらゆらと、群れを成して押し寄せてくる。


 人型機動兵器SWG〈ドラグーン〉が主力となり〝亡霊〟たちとの戦闘が開始される。

 砲弾の雨を掻い潜り押し寄せてくる亡霊たちに対して、アムレート市基地から出撃した〈ドラグーン〉部隊がビーム砲を放つ。しかしSWGの持つビーム砲では敵の装甲を貫けない。


 星屑体せいせつたい礁核体しょうかくたいともに、流動性のある分厚い砂塵装甲を形成し、SWGの持つ指向性エネルギー兵器では大きな損傷を与えることができないでいた。


 防衛に当たる〈ドラグーン〉たちはSWG用小銃と高周波振動ブレードに持ち替え格闘戦が繰り広げられる。 


 敵の数に圧され徐々に戦線が後退、わずか1時間ほどでアムレート市外壁にまで追い詰められる。


 亡霊――星屑体せいせつたい――の群れの後を、ゆっくりと進んでいた礁核体しょうかくたい灰神楽はいかぐら〉から突然〝咆哮ほうこう〟が発せられる。空間それ自体を震わせるような衝撃が走ったかと思うと、次の瞬間、無人兵器たちが一斉に動きを止めていく。


 パイロットが搭乗する〈ドラグーン〉もまた、動きが鈍る。


 火山の噴煙のような形をした〈灰神楽はいかぐら〉がゆっくりと横倒しの態勢となり〝傘〟の部分がアムレート市の方へ向けられる。


 そして〝傘〟の中心に大きな穴がく。その穴の中は火山火口のように真っ赤に燃え盛り、稲妻が這いまわる。


 その〝火口〟の光が一際ひときわ強まった瞬間、溶岩流が収束され、高速で撃ち出される。燃えながらまっすぐ伸びるその流れは、まさに溶岩流のビーム。高速の溶岩流が稲妻を周囲に走らせながら、一直線の濁流となってアムレート市に襲い来る。


 真っ赤に燃える濁流が、アムレート市を囲うクレーター山脈部を吹き飛ばす。さらに幾層にもなる厚い外壁が一瞬で溶解し、容易く破られてしまう。収束された溶岩流の砲撃は都市内部にまで達し、直撃を受けた地区一帯が炎熱の地獄と化す。


 そして、その開いた大穴に亡霊たちが押し寄せる。


灰神楽はいかぐら〉が近づくにつれ、人間が操縦する〈ドラグーン〉の動きもますます鈍くなり、停止する機体も出始める。防衛に当たっていた〈ドラグーン〉部隊が押し切られ、遂に敵の侵入を許してしまう。

 礁核体しょうかくたいと呼ばれる敵の発する謎の妨害干渉波により無人機やAI兵器だけでなく人間も意識障害を引き起こし行動不能に陥る。まともに機体を操縦することができなくなり為すすべなく敵に討たれていく。


 亡霊の群れがアムレート市に雪崩れ込み、破壊を始める。人も人工物も関係なく手当たり次第に破壊してまわる。


 亡霊が、前面に圧縮された砂塵の砲弾を形成、雷撃とともにそれを高速で撃ち出す。着弾すると、建物は跡形もなく崩れ、地面には大穴がく。近くにいた人々は瞬時に灰となり消し飛ぶ。


 亡霊たちは、さらに大電流の雷撃を周囲に放つ。強力な雷撃に、生身の人間は一瞬で黒焦げとなり絶命。


 そのとき、今まで敵と戦っていたSWG〈ドラグーン〉たちとは違う、瘦身そうしんのSWG8機が戦場に現れる。


CRESクレス部隊、戦線に到達」

「おそいっ! どもめがっ‼」

『〝ジェイソン〟より各員、星屑体せいせつたいの群れが東北東から侵入、その後方から礁核体しょうかくたいが接近している』


『すでに伝導干渉波でんどうかんしようはで前線の無人兵器はすべて機能を停止しているもよう』


 多くのSWG〈ドラグーン〉が動きを止めていく中、CRESクレスパイロット部隊「ハンターズ隊」の操るSWG〈ヴェガ・タイプ〉は、「伝導干渉波でんどうかんしようは」と呼ばれた礁核体しょうかくたいが発する特殊な妨害干渉波の中でも特に障害を起こすことなく動いている。


 アムレート市のAIやコンピュータ、あらゆる機械が機能停止、すでに街の中は大混乱に陥っていた。


伝導干渉波でんどうかんしようはで電気信号が阻害され、都市機能もマヒしています』ハンターズ隊副隊長アユン中尉が報告する。


『〝ジェイソン〟より各員、人間も神経伝達を阻害され、動けなくなってしまう。これ以上、礁核体しょうかくたいを近づけさせるな‼』


『『『『了解!』』』』

 

 ***

 

 フェリシティは訓練のため、〈アルフェッカ〉の母艦〈レ・ディ・ネーミ〉の停泊しているアムレート市北側の宇宙軍港ターミナルに来ていた。


 軍港に警報がけたたましく鳴り響き、軍人たちが慌ただしく動いている。

フェリシティは、突然のことに、どうしたらいいかわからずターミナルでたたずんでいると、突然、大きな音と揺れが起きる。照明が落ち辺りは真っ暗闇になり、そしてターミナルの天井が崩れ、巻き起こった衝撃波に呑まれ体ごと吹き飛ばされ、


「きゃっ⁉ ――――」

 

 ***


 アムレート市北側に位置する軍港は礁核体しょうかくたい灰神楽はいかぐら〉の岩漿マグマ砲と無数のレーザー光線を受け大きな被害を受けていた。多くの軍艦が大破、炎上している。


〈アルフェッカ〉の母艦である〈レ・ディ・ネーミ〉もまた敵のレーザー攻撃を受け損傷、さらに大破した他艦の破片や、港建造物の瓦礫に埋もれ大きな被害を被っていた。


「被害は?」副長のキャシャロ・サストリー中佐が敵の攻撃が止んだあと、艦の損害確認に急いでいた。


「艦内の被害はありません、空気漏れも無し。しかしマスト損壊、右舷スラスターの多くに損傷あり。艦体およびメインエンジンに大量の瓦礫。動かすことができません」

 ポリーナ・グリンスカヤ中尉がサストリー副長に報告する。


「瓦礫の撤去作業急がせてください」


「了解」

 ポリーナ・グリンスカヤ中尉が即座に情報を集めていく。

「ダメです。基地司令部と連絡がとれません。チャンドラ宇宙要塞からは一個艦隊がすでに出動したとのことですが……」


「とても間に合いそうにありませんね。止むを得ません。H.E.R.I.Tヘリツトの方々の救助及び負傷者を優先に市民を乗せられるだけ乗せたら、すぐにここを脱出します」


「了解」


H.E.R.I.Tヘリットの方々の救助隊を編成します」


「しかし、SWGは〈アルフェッカ〉が2機あるだけです。そのパイロットがいない状況では……」


「VTOL機でも車輛でも、あるものは何でも使って向かうしかないですね。今いる人間だけで何とかやりましょう」


「進水式を終えたばかりで、未だ試験運用中の艦ですからね。主砲も未だ搭載されず、CIC要員もいない。今回はただ、H.E.R.I.Tヘリットスタッフの送迎も兼ねて、新型エンジンテストのための試験航行をしていただけ。よりによってこんなときに」

 ベテラン操舵士官のマイラ・ヴェラソラ少尉が振り向いて、副長の心痛を察したように言い添える。


「副長、どうやら先ほどの攻撃でターミナルに続くトンネルが崩落したようです。市内へ入るための道はすべて塞がれているもよう」

 ポリーナが入ってきた情報を伝える。


「ターミナルの被害は⁉ 今の時間だと、もしかしたらがいたかもしれません……」


「っ⁉ 今調べます!」


 サストリー副長の言葉に、ポリーナは重要なことを失念していたことに気づいて咄嗟にターミナルの被害状況を調べる。


「先ほどの攻撃により、クレーター山脈部内のトンネルがすべて崩落、この港側とターミナルの連絡通路が完全に遮断されているようです。あちら側がどうなっているのかは、わかりません。ターミナル内は非常電源に切り替わっていることしか……こちら側からではこれ以上のことは……」


「……ありがとう、了解しました。それでは救助隊編成は取りやめ、直接この艦で救助に向かいます。今は、出航するための各種準備を進めましょう、右舷スラスターの応急修理を。姿勢制御が取れるだけで構いません。しかしマストはどうにもならないか……」


「航行するだけなら私の能力で問題ありません」


「なるほど、たしかにグリンスカヤ中尉の〝能力〟なら。たとえ各種センサーがすべてダウンしてはいても、我々なら出来ます。では各位準備をお願いします!」


「了解」

「アイ、サーッ」

 サストリーの指示にポリーナとマイラが返答する。


「ああ、それと艦長の容体は?」


「メディックからの報告によりますと、脳にダメージは無いようです。しかし脳震盪を起こしていて指揮を執れる状態ではないとのことです」


「わかりました。まったく、この非常時にあのバカ艦長は……」

 大きくため息をつくサストリー副長。


「それと、グリンスカヤ中尉、ターミナル側に連絡は続けてください。彼女の安否確認を最優先に」


「はい!」

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