第14話 彼女の強さと優しさの理由
先程の月面での実機訓練では、
フェリシティの動きに常に対応できている人間は誰一人いなかったが、今一緒に訓練をしている
(
状況に応じて的確な判断をし、フェリシティが欲しいと思った支援をズバリ出してくる。
(すごい集中力)
実戦を経験したパイロットから得たデータを元に組んだAIでさえ、ここまで迅速に対応できた例は少ない。シミュレーター上においては、すでに精鋭部隊のパイロットと遜色ない実力。
「
(でも、何でこれだけの人が、今日の訓練には参加してなかったんだろう。さっきの
1時間半ほど経過してもなお、二人は夢中でシミュレーター訓練に没頭していた。
(もう90分が過ぎてる。
そうしてシミュレーター訓練に
そして、フェリシティの操る〈アルフェッカ〉の後方で〈ドラグーン〉の動きが突然止まる。
「どうしたの? 何かトラブルでも」
「フェリシティ、ごめん……ぐっ、うぅ……」
通信から苦しそうな
「
明らかに彼の身に異常が起きている。
フェリシティはシミュレーターを停止させ、
「
「ごめん、訓練……続けられそうにない。ごめん……」
「いえ、そんなこと。それよりも大丈夫? すごく苦しそう」
「今、人を呼んでくるから!」
「大丈夫! 大丈夫だから……」
「でも……」
「しばらく休んでいれば
「ごめん、ありがとう……」
フェリシティが心配そうに
「顔、真っ青だよ⁉」
「本当に大丈夫? やっぱり医務室へ行った方が」
「発作が起きただけだから。しばらくすれば……治まるんだ。迷惑かけちゃってごめん。シミュレーターなら大丈夫だと思ったんだけど……」
「そんなこと気にしてないよ。私の方こそごめんなさい。知らなくて」
お互い謝ってばかり、それが少し可笑しくて心が
(いつも発作が起きた時は死ぬんじゃないかと思える恐怖で心細くてしょうがなかったけど、フェリシティといると、その怖さを不思議と感じない)
シミュレーター室にあった長椅子に座ると、フェリシティが水を持ってきてくれた。
「ありがとう」
水を飲んだ後、その長椅子の上で横になる。
30分ほど、そうしていただろうか。落ち着くまでフェリシティはずっと側に寄り添ってくれた。心配そうに片時も離れず、何か必要なものはないかと、声をかけてくれる。
本当に優しい子なんだなと、つくづく思う。大事な時間を潰してしまったにも関わらず、こちらの心配ばかりしてくれる。
「……病気なんですか?」
「病気ていうか、まあ病気か。なんか、パニック障害ってやつで、別に命に関わるものじゃないらしいから、そんなに心配しないで」
「……はい」
「でも発作が起こると死ぬんじゃないかって、感じになる」
「え⁉」
「いや本当に死ぬわけじゃないから、本当に。体のどこにも異常は無いから大丈夫、大丈夫」
それを聞いてフェリシティはしばらく沈黙し、何かを深く考えている様子。
「……死ぬ、恐怖って……どんな感じなの?」
静かに、しかしすごく興味深そうに尋ねてくる。
「……うーんそうだな。親から色々嫌なこと言われたときとか、死にたくなるようなこともあったけど、実際本当に死ぬんじゃないかと思ったら、すごく怖くなった。まだやり残したことがいっぱいある、とか、こんなところで、まだ死にたくないって気持ちが逆に強く出てきて。それがまた一層恐怖を掻き立てるんだ。心細くてたまらくて、孤独感で押しつぶされそうになる。強い孤独感、一人が寂しい、一人で死ぬのが怖い、一人でいることが怖い、とにかく一人が怖いっていう感じかな……」
フェリシティは真剣に聞き入っている。
「……どうして、そんなこと知りたいの?」
「うん、私
「私、死ぬ直前になっても、多分平気でいられるんだろうなって……だから知りたかったの、死ぬかもしれない、っていう恐怖がどんなものかを」
また空気が重くなったので、フェリシティは話題を変えるため、もう一つ、どうしても聞きたかったことを
「どうして
「それはえっと……大した理由じゃないんだけど。まあ、家を出たくて。親と一緒にいるのが嫌で仕方がなかったから」
「へぇ!」
「ある時、父親と受験のことで大喧嘩して、家を飛び出したその勢いで今の学校の願書を出してきたのがきっかけ。もちろん今の学校に、その前から興味を持ってたけど。
うちの親父ときたら独善的で偉そうで。いつもいつも口やかましくて。何かにつけて恩着せがましい言い方をしてくる。こっちが望んでもいないのに『お前にどれだけ金使ってると思っているんだ』とか、それが嫌で嫌で、ついに我慢の限界を超えてそのまま家を出た」
(しまった。つい愚痴をこぼしてしまった……)
親の悪口を言ってしまい、さすがに呆れられただろうかとフェリシティの方へ視線を向けると、逆にフェリシティの目は興味津々と輝いていた。
「いいなぁ、羨ましい」
「え⁉」
「……私、両親とケンカしたことないから」
「え! そうなんだ」
「私、まだお母さんのお腹の中にいるときに障害が見つかって、その時はSRN治療が一番いいってことで、両親は選んだみたい。そのときはまだ、ダファディル・コロニーもヘレネーに着いてなくて戦争も始まってなかったから。
「だからお父さんとお母さん、私にSRNを投与してしまったことを、いつも悔やんでて、私に対してどこか申し訳なさそうにしてる感じなの……。
それに私、その時なんでSRN治療を選んだのかって……二人に強く当たっちゃったことがあって。私のことを思ってしてくれたことなのに……ほんと私、最低だよね」
「でもSRN治療を受けていなかったら、私は今、こうして元気でいられてなかったわけだし。それに、ネメシス星系に着くまで、誰もこんなことになるなんて、思ってなかったんだから……。
誰が悪いわけでもないから……だから私、絶対生き残るの。生きて、絶対帰る‼」
途中からまるで自分に言い聞かせるように、一点を見つめ強く宣言するフェリシティ。
「今まで訓練を受けてきたのもそのため。生還率を0.1%でも上げたい」
フェリシティの訓練に対する必死なまでの、あの姿はそういうことだったのかと、納得がいった。
「
フェリシティの話を聞いていて、
しかしフェリシティと彼女の両親は、そんな日々がいつか崩れ去ってしまうかもしれないという恐怖と常に戦ってきたのだと理解できた。
(互いへの思いやりを忘れず常に持ち続ける。自分も両親もそんな当たり前のことを
「えっと、フェリシティはどうして
「ああ、ヘリットのこと? 研究所のみんなはそう呼んでる」
「うん」
フェリシティは少し躊躇いながらも話し始めた。
「
ナノマシン、SRNが他人に移るわけないんだけどね。でも、その男の子だけじゃなくて、みんな口には出さないけどそう思っていたんだと思う。そのうち友達もだんだん離れて行って、最後はもう一人ぼっちになっちゃった……。
そんな時、今いる研究所の人から誘いを受けたの。なんでも、胎児のときにSRNを投与された人間は珍しいからって。クラブに入っても嫌な思いをするのはわかっていたから。
だから、私なんかでも役に立てることがあるなら、と思って協力することにしてみたの」
「怖くはなかったの?」
「うん、少し怖かったけど……でも、必要とされていることがすごく嬉しくて」
つらい話のはずなのに、明るく話すフェリシティの姿を見ていて、
「そういえば、もう一つ気になってたことがるんだけど」
「ん?」
「うちの学校の反対側にある丘の上で水色のSWGがよく飛んでたけど、あれ、やっぱりフェリシティ、だよね?」
「……うん。やっぱり気づいてた」
「今日の訓練であの水色のSWG見たとき、そうだと思った」
「恥ずかしいところ見られてたね……」
「いつも楽しそうに踊ってたから、こっちも見てて面白かったよ」
「面白かった……? それってどういう……」
表情が曇らせ恥ずかしそうにうつむくフェリシティ。
「いや、良かったって、意味! ホントすごく上手だった‼」
語弊を解くため、上体を起こし手振り身振りを交えて言葉を付け加える。
「それならよかった」
フェリシティはそう言われ、うつむいたまま照れた表情を見せる。
「
「あれ、そういえば……あ、もう何ともないや……」
「この通り、1時間くらい休むとウソのように調子が戻るんだ。さっきまで立つこともままならなかったのに。だからなかなか周りの人に理解してもらえなくて……」
「ふーん、いろんな病気があるんだね。でも治ってよかった」
「うん、ありがとう。フェリシティのおかげで、不思議と恐怖心が起こらなかったよ。逆に、すごく安心できた。実際、いつもより回復するの早いし」
「……そう、それならよかった」
その言葉を聞いて照れながら喜ぶフェリシティ。
「私も、あの丘で
「自分も見られてたんだ……」
微笑みあう二人。心地よい沈黙が流れる。
(あ、そういえば!)
さっき
チケット否、オリンピアグランドフェスティバル・オールデー・オールエリアフリー・スペシャル・ファストエクスプレスパス‼
(すごい! なんじゃこりゃ⁉ 軍人特権とは言ってたけど、隊長よくこんなものを手に入れたな、何者なんだあの人。そんなものを自分に、おいそれと譲ってくれるなんて。初めて尊敬した! どうやら自分は大変な誤解をしていたようですっ! ――あれはもう1年前のこと……初めての軍用SWG実機訓練で、『お前らに必殺技を教えてやる』と、のたまって『ライダー車輪』なる技を延々とやらされた時からずっと鬼か悪魔かと思っておりましたが、隊長、大変申し訳ございませんでしたっ! しかし、あのときはみんなゲロッたな……)
「
「あっ、大丈夫大丈夫、ごめん、ちょっと考え事してただけ」
「そう……」
「あ、あの……、フェリシティ、明日とか、その……暇、かな?」
「うん、特に予定無いよ。だからまた、シミュレーターで訓練しようと思ってる」
(休みの日も訓練しているんだ。ほんとに真面目だなぁ)
「今日のお詫びと言ってはなんだけど……これ、一緒にどうかな?」
「あっ、それ⁉ グランドフェスティバルのスペシャルパス‼ すごい、
「いや、実はさっき
「え、いいの私で⁉ そんな大事なもの……」
「うん、もちろん。と言うか、フェリシティと行きたいんだ‼ これ、自分と一緒に行ってくれませんか?」
「はい」
スペシャルパスを両手で差し出し、顔を真っ赤にしながら頼みこむ櫂惺を見て、フェリシティも照れながらその申し出に応じる。
(
「ありがとう! すごく嬉しい!」
感謝の言葉と一緒に、満開の笑顔を贈ってくれたフェリシティのことを、
***
アムレート市基地から歩いて10分ほどの距離にある宿舎に戻り、自室に入った
「今日フェリシティと話していたら、迷いが無くなった」
「
――例え戦場から戦場へ渡り歩く毎日になったとしても、彼女と同じ道を進んでいると思えるなら、つらいこともきっと乗り越えられる。
――彼女を守りたい。彼女の家族を、戦争なんかで絶対に壊させはしない。
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