第6話 かけがえのないもの
病院から帰寮し、自室に戻るとすぐにベッドに横たわる。そのまま呆然自失して、ただ窓の外の風景を眺めていた。
窓から差し込む光が、いつの間にかオレンジ色になっている。地球では夕方になると空がオレンジ色になっていたという。地球のサイクルを忠実に再現しているスペースコロニーでも同様に夕闇が迫っていた。
(このオレンジ色の空を見ていると、なんだか切なくなるのは、どうしてだろう)
人間の本能なのだろうか。寂しい気持ちが湧いてくるのと並行して、その心境を静かに、そっと慰めてくれるような不思議な感覚。
(地球にいたころ、人は皆、夕焼けの空にこんな感情を抱いていたのかな?)
ふと、櫂惺は両親と暮らしていたときのことを思い出した。
両親は教育熱心、というより、子供を自分の思い通りにしたがる傾向が強かったのだと思う。 親が欲する結果を取れないと、あからさまに不満な態度をとられるか、叱責される。
両親と一緒に暮らしていたころは、「やりたくないことも、やります」「出来ないことも、出来ます」と、嘘をつかないと家庭のなかで平穏を保つことはできなかった。
両親はまた、僕の思考を勝手に推し量るきらいがあった。大した会話もないのに相手の考えを本当に理解することなど出来はしない。にもかかわらず両親は、僕の性格や考えをよく理解していると言わんばかりに、進むべき進路を決めつけていた。
僕自身に対する認識において、両親との間で大きなズレがあることを知り、たびたび憂鬱な気持になったものだ。考えを改めてもらおうという気力も起きず、親の言う事をそのまま受け入れていた。
そうして、自己嫌悪が
連盟軍工科学校。ヘレネー連盟軍管轄の教育機関であり、軍事的技能を習得することを目的とし設立された。14歳から20歳の男子が在籍、日々訓練に励んでいる。現在は専ら軍用SWGパイロットを養成するための訓練学校となっている。
ここには、普通とは違った境遇で育った人間が多い。戦争で親を亡くした者も少なくは無かった。不謹慎だけど、みんな辛い思いをしているのだと知ることができて、正直、心が楽になった。自分の悩みなど、取るに足らないものだと、ここに来てそう知ることが出来た。
少年たちが、軍に志願し入隊するにしても、この学校に入れば多くの教養と技術を得られる。
訓練はつらかったが、仲間たちと過ごす毎日はとても居心地の良いものだった。嫌なこともつらいことも、耐えているのは自分だけじゃない、と実感できるし、くだらない事で笑いあえる。
いろんな生き方、人生があるのだと知った。両親と暮らしていた日々の疲れ病んだ心もここに来て、たちまち回復していった。
軍の学校ゆえ起床から消灯時間までスケジュールもきっちり管理されている。忙しさで自己憐憫にふけっている暇などないし、あれこれと余計なことを考えずに済む。何より、同じ志を持つ仲間といられる。
――人のために働きたい。人を守りたい。人を救いたい。
そうした強い思いを持った仲間たちと一緒にいることで自分も奮い立ち、励まされる。自分の居場所はここなのだと、そう思えていた。
ベッドに横になったまま、ぼうっと外の景色を眺めていると、部隊の仲間3人が様子を見に来てくれた。同じA斑のシェノル、アーティット、ウィル。
「おっ! いたいた。カイ、やっぱり帰ってたのか」
シェノルが部屋を扉を開けて声をかけてきた。
「体だいじ? 何か病気なん?」
アーティットも部屋に入ってきて、心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫。まあ、病気ってほどのものじゃ、いや、病気か……パニック障害ってやつらしい」
「パニック障害……? 何それ、パニクる……病気?」
「いわゆる〝パニックを起こす〟っていうのじゃないんだ。うーん、うまく説明できないな、まあ、貧血みたいな体調不良がずっと続いている、て感じかな。といっても貧血になんてなったことないから、どんな感じかわからないんだけど、まあそんな感じとしか……」
「「「ふーん……」」」3人がわかったような、わかっていないような表情で相槌をを打つ。
(やっぱり、今の状態を説明するのは難しいな……ぱっと見、病気になんて見えないもんな)
「あっ、あと、しばらくSWGの訓練は受けられそうにない」
「マジ⁉ そっか……」それを聞いてシェノルがうつむく。
「みんな、ほんとごめん……」
「いや別にカイちゃんが謝ることじゃないっしょ」
アーティットがすかさずフォローをいれてくれる。その隣でウィルも黙ってうなずく。
「もしかすると……この学校も辞めなきゃ、いけなくなるかもしれない」
「マジで⁉ それって、どうなるんだ? SWGのパイロットは無理かもしんないけど、俺たち一応志願兵扱いだから、別の兵科に異動とか?」シェノルがアーティットに話を振る。
「病気だからそれも無理だろ。除隊か……?」
「それって名誉除隊になんの?」
「俺が知るわけないやん」
「うーむ……もしもの話だけど、もしそうなったら、カイ、実家帰んの?」
シェノルが尋ねる。
「今更帰れないよ……帰りたくもない……」
「「「……う~ん」」」共感の
ベッドに横たわる
この三人は他人の悪口を絶対に言わない。
傲慢な指導教官の理不尽なしごきや体罰にも、
下衆な言動、人を小ばかにした態度や中傷にも、シェノルは気にも留めない。除隊後、芸人になることを夢見ているアーティットは、うまいことそれらを笑い話に変えてしまうし、のちのちネタになると、何でも前向きに吸収する。ウィルは怒りはするが、決して相手のペースに乗ったり、同じような振る舞いで返すことはない。
こんな友人達がいてくれるだけで、そんな人達がちゃんと存在しているのだと実感できて、嫌なことがあっても腐らずにいられる。腐りそうになった時でも、彼らを思い出すだけで、自分を正すことができる。
この3人には本当に救われた。この学校に入校した当初から、共に訓練を受けてきた。今や同じ部隊の仲間であり、かけがえのない親友たち。
――今の自分があるのも、この三人のおかげだ。
いつもふざけた事ばかり言ったり、何事も適当に済ませてしまうアーティット。さすがにSWGに乗っている時だけは本気を出している。本人曰く、
SWGの講義と理科系科目の授業以外はほぼ居眠りしているシェノル。自分にはマネしたくてもマネできない。その胆力に尊敬すら覚える。
ウィルは仲間のためになると、人が変わったように熱くなる。仲間が理不尽な暴力を受ければ、たとえそれが教官であっても掴みかかっていく。
そんなこんなで、この3人は周りから問題児と見られがちだ。
ただ真面目と言うだけで、教官たちや講師たちから評判がいいらしい自分なんかより、彼らの方がずっと芯の通った人間だと思える。彼らは、自分と言うものをしっかり持っている。
しかし、
――自分には、そういうものが、無い。
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