Fクラスの教室へ

「朝か……」


 ゼストは学生寮で目を覚ます。学生寮は基本的には二人部屋ではあったが、たまたまゼストは同居人がいなかった。気楽のようではあるが、少し寂しいようにも感じている自分がいた。


 入学初日の事だった。ゼストは支給された学生服に袖を通す。なんだか着慣れなかった。鏡に映っているのは見慣れない自分の姿だ。だが、そのうちに慣れていくのだろう。人間は慣れる生き物なのだから。


 だから、何となく――そんな気がしていたのだ。


 ゼストは学院の教室に向かう。入学式の後、早速ではあるが学院の授業が始まるのだ。


 ちなみにではあるが、測定試験の結果、あのルナリアはАクラスに振り分けられた。その事に関しては彼女は当然の結果だと思っていたようだ。表情一つ変えずに、淡々とした様子だった。


 ◇


 ゼストはFクラスの教室に入る。入った瞬間、その教室からは陰気な空気が漂ってきた。要するに、Fクラスの生徒というのは周囲からは劣等生の集まりだと見なされる。だから、何かと曰く付きの生徒が多いのだ。


 無論、ゼストもその曰く付きの生徒の一人だ。


 ――というよりは、魔力測定の結果が『0』という前代未聞の数字を叩き出し、その上であの良い意味での有名人であるルナリアに剣技でもコテンパンにされたゼストは。ルナリアとは対照的な悪い意味での有名人、と言える。


 ゼストはもはやこのFクラスの代表人物となっている。ルナリアはАクラスの代表人物、なのではあるが。


 ゼストは自分の席に着くのであった。しばらくして、担任の先生が入ってくる。眼鏡をかけた、若い女性だった。20代といったところであろう。


「それではこれから3年間、皆さんの担当になります、メアリーです。皆さん、よろしくお願いします」


 どんよりとした空気は明るい担任教師の登場があっても特別変わりはしなかった。皆、覇気がない。当然だ。最下級のクラスに振り分けられ、劣等感を植え付けられている。劣等感をバネに一層努力できるような人間もいるが、大抵の場合、そういう人間はそう多くない。


 諦めを覚え、努力するだけの気力を覚えてしまう者達も少なくはない。


 こうしてゼストの冒険者学院での生活が始まる事となる。


 ◇


「見て見ろよ……あいつ、Fランクの生徒だぜ」


「ああ……そうだな」


「全く、どの面下げて学院の中、ほっつき歩けるんだよ」


 クラスによって、腕章をつけさせられた。これによって、クラスの判別は容易だった。この学院では自信のクラスを偽る事は極めて困難な事だったのだ。


「見て見ろよ……あいつは測定試験にいた魔力0の奴じゃねぇか」


「へぇ……あれがあの有名人。ルナリア様にボコボコにされた奴だろ? やっぱりFランクに振り分けられていたのか」


 ゼストの顔や名前はもはや、学院中に知れ渡っているようだ。猶の事、好奇の視線に晒される事になる。


「ん? あれは――」


 その日の昼休みの事だった。


 ゼストは校内で見てはいけない光景を目にしてしまう。


 ◇


「どうして……私がそんな事をしなきゃならないんですか」


 校舎裏には一人の少女がいた。地味そうな印象を受けるが、顔立ち自体は整った少女。腕章から判断するに、Fクラスの腕章だった。


 そして、目の前にいるのは三人組の女子生徒達だ。腕章から判断するにCクラスの生徒だ。


「なんでって……あんた達はFクラスの生徒じゃないの」


「あんたみたいなFランクの生徒……、私達の言う事を聞いて当然じゃないの」


「そうそう……あんたなんて、魔法師の家系に生まれたくせに、魔法もろくに使えない落ちこぼれじゃないの……くっくっく」


 女子生徒三人組は一人の少女をあざ笑う。どうやら、彼女を使い走りにしようとしているようだ。


「……いじめは良くないんじゃないか?」


 流石に見捨ててはおけないだろう。Fクラスの生徒とはいえ、それだけの理由で虐げていいとはゼストは思えなかった。


「な、なによ! あんたは関係ないでしょ!」


「すっこんでなさいよ!」


 彼女達とて必死なのだ。中間的な立ち位置にあるCクラス。上には上がいる分、劣等感を感じやすい。その劣等感により蓄積した鬱憤を晴らすには、自分達より立場の弱い存在を虐げるより他にない。


「あんたは……測定試験で見た事ある奴」


「なんだ……あの魔力0で剣の方もルナリア様の足元にも及ばなかった、ただのFクラスの落ちこぼれじゃないの」


「それが一体、何だって言うんだ。俺達はこの学院に入学したばかりだ。入学した時点の評価を絶対視しない方がいいんじゃないか?」


「……なによ。邪魔するなら容赦しないわよ」


 女子生徒の一人が魔法を放とうとしてくる。


 ――そういえば、とゼストは思う。ゼストは魔法師の家系に生まれはしたが、現世に生まれてからというもの、現世の魔法を見た事がない。自身にあるのは1000年前の世界。アベルとして生きた頃の、前世の魔法知識しかない。


 赤子の頃に父に捨てられ、そして辺境で育てられたが故に現世での魔法をまともに見る事すらなかった。


 その為、現世での魔法をまともに見るのはこれが初めてだった。


 放たれるのは炎系の魔法だ。


「獄炎(ヘルフレイム)!」


 炎系の上位魔法である『獄炎(ヘルフレイム)』が放とうとする。彼女の手には漆黒の炎が纏わりついた。


「ふっ……私はCクラスだけど、魔力測定の結果自体はАクラス相当なのよ! その魔力はルナリア様には遠く及ばないけど、1000は軽く超えているわ! あなた達みたいなFクラスの無能が、私の魔法に適うわけないのよ! 地獄の業火に焼かれなさい!」


「いちいち口数の多い奴だ。それが獄炎(ヘルフレイム)か……驚いたな」


「ええっ! 冥途の土産にお見舞いしてあげるわよ!」


 彼女は漆黒の炎を放つ。


 ――だが。


「なっ!?」


 彼女は面を食らった。確かに、ゼストにまで届いたはずの漆黒の炎が、当たる瞬間に搔き消えてしまったのである。

 

「そ、そんなっ! どうして、確かに私の獄炎(ヘルフレイム)はあいつに当たったはずっ!」


 ゼストは驚いた。この1000年間の間に、魔法の力は相当に衰えてしまったようだ。やはり平和な世界では人の力は衰えていくのかもしれない。

 この程度の火炎魔法を誇らしげに放つようになるとは。ゼストは無意識的に魔力障壁を展開できる。その魔力障壁は一定以下の魔法攻撃を無効化できるというものだった。


 それなりの威力でなければ、例え不意を打ったとしてもゼストにダメージを与える事はできない。


 かき消されたのはそれなりの威力に届いていなかった、という事だろう。


 恐らくはこの世界でゼストの魔力が0として測定されたのは、その魔力が規格外だからかもしれない。計れないのだ。もはやこの世界ではゼストの魔力は。


「な、何者なのよ! あんた!」


「あんたは魔力0のFランクじゃないの! ど、どうして私の放った火炎魔法の食らって、なんともないのよ!」


 彼女達は慌てふためいていた。


「さあ……なんでだろうな」


「くっ……行くわよ」


「ええっ……」


 旗色が悪くなると、彼女達はその場を去っていった。


「あ、あの……ありがとうございます」


「……いや、気にしなくていい。同じFクラス同士なんだ。助け合うのも必要だろう」


「……ど、どうしてですか。あなたはFクラスの生徒ですよね。私、見ていました。測定試験の時。あなたはルナリア様の後に魔力測定を受けて、その結果『魔力0』って測定されたじゃないですか。どうして、魔力がないあなたが、あの火炎魔法を受けて無事でいられたんですか?」


「それは……まあ、うん……と」


 なんと話そうか。面倒だな。


「申し遅れました……私の名前はティア・フォーリナーと申します」


「フォーリナー?」


 ゼストは赤子の頃に聞いた事があった。ゼストが生まれた家系もまた、賢者アベルの血脈を持つ、魔法師の名家であったが、それと双璧を成すくらいの魔法師の名家。それがフォーリナー家だ。


 ――だが、なぜその彼女がFクラスの生徒として振り分けられる事になったのか、理解ができないでいた。


「あ、あの……よろしければ名前を教えて頂けませんか?」


「あっ……ああ。そうだったな。俺の名前はゼストだ」


「ゼ、ゼストさん、お願いがあるんです!」


 ティアはゼストに頼んで来た。その頼み事はゼストにとっては想像すらしていないものだった。


「私に魔法を教えて頂きたいんです!」


「へっ? ……」


 ティアはゼストに、そう切実に訴えかけてきた。






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